百物語 第三十一夜
追尾する幣束
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
明治の中頃、新潟県の魚沼であった話です。
当時の魚沼郡にあった大浦村と浦佐村との間に柳原という場所がありまして、これは現在、魚沼市柳原になっています。
市内を流れる魚野川に面した一角で、名前のとおり柳がいっぱい生えていたんでしょう。ちなみにこの魚野川は北西へと流れてまもなく信濃川と合流します。
ある秋の夕暮れどき、この柳原を大浦のお百姓さんが歩いていると、前方に奇妙なものを見つけました。
幣束……はい、ヘイソクです。お祭りのときに見るあれです。いろいろ種類があるみたいですが、これは紙を折ったものを木ではさんだタイプだったそうです。
いまお祭りのときに、といいましたけれども、別に近くの鎮守様でお祭りがある時期ではないし、臨時でなにか神事のたぐいがあるとは聞いていない。
なんで幣束がこんなところに……と、訝しく思いながらも歩きつづけてゆくうちに、その幣束が大きくなってきた。
幣束が移動している。しかも、こっちに近づいてくる。
お百姓さん、立ち止まって目をこすってみましたが、なんど見ても確かにこっちへ向かってきている。
一歩ずつ、ひょこひょこと。
こりゃなにかまずいものなんじゃないか。
慌ててきびすを返して駈けだそうとすると、そっちにも同じような幣束があって……これもじぶんの方に向かってくるようだ。
柳の生えた野原ですから、左右に逃れられないこともない。
お百姓さんは道を外れて、枯草の茂みに足を踏み入れました。
しかし、少しゆくとやっぱり前方に幣束がある。こっちに向かってきている。
背を向けて、草を掻き分け掻き分け進んでゆくと、こっちにも幣束。
ぐるっと見回してみると、あっちにもこっちにも幣束があって、じぶんを取り囲んでいる。
しかも、包囲の輪を徐々に狭めている。
お百姓さん、もう生きた心地もしない。
いちかばちか……叫び声をあげて手をばたばた振りながら、なんとか包囲を突破して、逃げ帰りました。
じぶんの家に着くとすぐに寝込んでしまい、三日後に死んだそうです。
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