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2019/09/21

角の生えた藁人形9

百物語 第九十九夜

角の生えた藁人形9


※怪談です。苦手な方はご注意ください。


 ひととおり、お話は聞きましたが、最初に言ったように、うちにそんなものを持ってこられても、ね……。申し訳ないけど、そうとしか。うちじゃ、お焚き上げっていうのは、やってないんですよ。

 いやいや、一般の方のイメージってあるから。それはいいんですよ。神社ならどこでも、預ってお祓いしてお焚き上げして……っていうのを、やってると思われても、ああそうなんだろうなってね。

 最近は少ないけど、夏になると心霊スポットに行ってとりつかれた、お祓いしてくれって深夜にくる若い人もいますよ。

 うちじゃもう、相手にしませんけどね。インターホンが鳴っても出ない。こっちだって寝てるんだし、そういうのって自業自得ですから。

 話がそれました。

 あなたは、祖先から受け継がれてきた、恐らくは呪いがかかっている藁人形を、他人の家に置いてきた。

 職業が建築屋さんだからって、それをいいことに、壁の裏の見えないところに貼りつけるようにしてから、壁で覆った。

 ところが、最初に藁人形についていたものが、このパイプに移って、あなたのもとへ戻ってきた。

 あなたの話をこう聞いたんですが、そう理解して、よろしいですね?

 私にはとても信じられませんが……このパイプについているシミが、藁人形にそっくりだと。まあ、私にもそうは見えますけれども。

 今話した肝試しじゃありませんが、自業自得に思えますけどね。いや、失礼は承知です。

 それに、その藁人形……ですか? 姿を変えて、あるべき場所に戻った、ということかもしれない。それで何の問題があるんでしょうか。

 あなたの話が本当だったとしても、藁人形がパイプになって、あちこち移動している間のことは、私にはわかりませんよ。

 でも、これだけは言えます。

 藁人形でも、パイプでも、関わった人が何らかの……恐らくは嫌な感情を抱いたのはまちがいありません。

 はっきり言いますね。原因をつくったのは、あなたなんですよ。たくさんの人に嫌な思いをさせた張本人なんですよ、あなたは。

 お焚き上げはしてませんが、これをお祓いしろって言われたら、そりゃあしますよ。

 ご神前で祝詞を読んで、おおぬさ、あの紙を垂らしたやつでサラサラとやりますよ。

 あなたはそれで、気が済むかもしれない。

 スッキリして帰るかもしれない。

 でも、あなたがここに持ち込んだパイプ……もしくは藁人形ですか、それに関わった人の気持ちはどうなんでしょうね。

 これを持っていたら嫌な思いをする。だから、人に押しつける。そうして押しつけあって、今に至る。

 偉そうなことを言ってますけど、私だって嫌な思いはしたくありませんよ。

 家族がいますから、何か私の身に起こっても嫌ですし、それのせいで家族の身に災難が降りかかるのはもっと嫌です。

 私だって、これに関わった人の立場だったら、同じことをしていたかもしれない。

 あなたの立場だったら……やっぱり、あなたと同じことをしていたかもしれない。

 ただ、たまたま私の家には、代々伝わるそんな藁人形はなかった。

 あなたの家には、たまたまあった。

 あなたの責任は、その藁人形とやらを、どうにかしようとして人様に迷惑をかけたことだけに限られるような気がしますがね。

 ……私が言えるのは、これくらいでしょうか。

 どうですか? お祓い、していきますか?

 ……そうですか。まあ、そうですね……人をたどって謝ってまわるのは、現状では難しいかもしれませんね。

 神様に謝って何とかしてもらう……まあ、それもひとつの考え方でしょう。

 それで、お祓いのあと、どうしますか? そのパイプは。うちじゃ預れませんし……。

 はい、ではお焚き上げしているところを紹介しますか。

 北海道の相内神社、というんですが……。



2019/09/20

角の生えた藁人形8

百物語 第九十八夜

角の生えた藁人形8


※怪談です。苦手な方はご注意ください。



 いや、まさかね……人生には三つの坂があるってね。奇妙な話もたまにこの業界、ありますけれども、こんなのはさすがに初めて。人生初ですよ。

 まさかですよ、ほんとに。

 うちに持ち込まれるのは、遺影とか仏壇とか、仏像、位牌なんかで、預ってからある程度たまったら、お寺さんにきてもらって、お経読んでもらってから焼却処分するんですが、まあ燃えないものはゴミと同じで、分別しますよ。

 それで、この前持ち込まれたパイプ。五十センチくらいで、ちょっと汚れてるくらいで新しいんだけど、これを焚き上げして欲しいってね、きたんですよ。

 まあ気になる人は気になるんでね、何でも。

 受付のおねえちゃんは、ふつうに規定にしたがって受け取った。

 一時保管場所の倉庫に移動しておいた。重いものなら何人かで運びますけどね、彼女はそのまま片手で持っていった。

 私は何の気なしに、その様子を見ていた。

 ちょっとおかしい人、というとお客さんをつかまえて失礼かもしれないけれど、たまにいますからね。

 そういう人がパイプを置いていった、手続きをしてお金を払って帰っていった。

 いつもとちょっと変わっていたところは、その人がずーっと何かをぶつぶつ呟いていたってことです。

 たぶん、実家は青森なんでしょうね。津軽か南部か、よくは分かりませんけれど、たぶん津軽弁じゃないのかな。私ももともと、東北の方にいたことがあるんで。

 受付のおねえちゃんとは、会話が成り立っていないようでしたけど、とにかく手続きと金を払う、ものを置いていく、それはとどこおりなく済んでいたんで、あんなことがなければ私だって、忘れていたはずなんですよ。ちょっと変わったお客さんがいたな、くらいでね。

 客商売ったって、私は奥の方にふだんいますから、そんなもんでしょうよ。

 最初はね、その受付の子が「パイプが受付にもどってくる、おかしい」って、言いだしたんです。

 何回かもどってきているっていうんで、私も持って行ったんですよ、一時置場に。

 ところが、やっぱり受付にもどってきている。

 何だ、これはって思いましたけど、見かけはただのパイプですからね。仏像とか絵とかだったら怖いけど、何回かくりかえしましてね。

 一時置場にパイプを持っていく。受付に戻ってくる。また持っていく。

 ちょうどお坊さんがきて供養が終わって、じゃあここから運びだすってタイミングで、その車にポンと置いたんですよ。そのパイプをね。

 それからはもう、受付にもどってこなくなった。

 ところが、それから数日たちましてね、私が所要で出ていて用事を済まして帰ってきたところ、事務所のようすがおかしかったんです。

 ふだん電気をつけっぱなしにしてるんですが、消えているし、受付にも誰もいないし、戸締りしないで勝手にみんな、帰りやがったなって思ったんです、最初は。

 でも、違ったんですよ。

 ブウウウー――ン、て感じの、蠅か蚊が飛んでるような音だと思ったんですけどね、音のする方に近づいてみると、明らかに人の話し声でした。

 何だよ、誰だよって叫びながら近づいてみると、うちの従業員がみんな揃って、壁に向かって正座していましてね……二列横隊で、計十名が、ですよ。

 全員がめいめい、何かを壁に向かって話しかけている。

 ときどき、あいづちも打っている。

 ウーン、と考え込んで間を取るやつもいる。

 目が死んでいるというか、半開きでね……ゾッとした。本当に、気持ち悪かった。

 とりあえず手前の若いやつの頬っぺた叩いて、おい、しっかりしろ、なんて怒鳴りながら、全員そうやって……よく、ビンタはビンタする方の手も痛くなるって言いますけど、本当ですよ。夢中で気づきませんでしたけど、一段落したら急に手のひらが痛みだしましてね、見たら、真っ赤になっていて手を冷やしました。

 従業員の方は、何も憶えていない。

 気づいたら、社長に殴られていたとか言って……まあ、暴力だの何だの言い立てるやつがいなくて、それはよかったんですけど。

 はい、どうも変なものに関わっちゃったらしいって、全員思っていたらしくて。

 こんなふうに全員、というのはさすがになかったけど、これまでには一人や二人、預ったもののせいらしい異変を、多かれ少なかれ経験していますから。

 ただ、そのときはパイプのせいだとは思いもよらなかったんです。

 何かが影響してるんだろう、でも今預っているものの供養が済むまで待とう、ちょっとまだキャパに余裕はあるけど、お坊さん呼ぶわ……そんな話になりました。

 でも、翌日お寺に電話したら、あいにくいつものお坊さんが都合悪い。葬儀がたてこんでるっていうんですよね。

 そこを頼み込んで、何とか三日後に来てもらえることになったんです。

 その間も、従業員が「壁が気になる」って言うんです。はい、正座して向かっていた壁です。

 事務仕事してても、受付をしてても、ときどき誰もが壁の方をチラチラ見る。何とはなしに、気になってつい見てしまう。

 私も壁の方を見ていて、他の従業員と目があって気まずくなったりね。

 おい、これは絶対、壁に何かあるんじゃないかって話になりますよね。

 それで、金がもったいないけど業者を呼んで壁を開けてもらったんですよね。

 何か配管が通っているのか異音がする、おかしいかもしれないとか何とか理由をつけてね。

 で、ウン十万かかるなと思いつつ壁を開けてもらったらば……中はコンクリでしたよ。電気の配線が上の方を通っているくらいで、もちろん空調でも水道でも、配管なんてもんはない。

 そのコンクリの壁にどうやって打ち付けたのか、錆びた釘に固定されるようになって……あのパイプがあった。

 ええ、間違いありませんよ。

 人型のシミのようなものが、ついていましたから。

 何でしょうね、これ、って業者さん、言ってましたけど。モニュメントか何かのつもりで、大工さんが置いたのかな、なんて。

 そのときいた従業員、そこでいっせいに壁から目をそらしましたよ。

 私も何なんでしょうね、ただのパイプみたいだし……なんてとぼけていると、その業者さん、異常ないのでもう少し様子を見ましょうか、っていって、パイプを持ってったんです。

 それからね……その業者さんと、連絡がとれなくなったんですよ。

 壁をふさいでもらうつもりでいたんですけどね。こんなんじゃ困るってんで、何かのついでに通りかかったんで会社に寄ってみたら、もぬけの殻だった。

 他の業者を呼んで、壁をふさいでもらって、それからは何もないんですけど。

 やっぱり、あのパイプが、よくなかったんじゃないかな……あの工事にきていたあんちゃん、見所があったのに、かわいそうなことしたなって思うんです。

 ちゃんと、いわくつきのパイプで、いつのまにかこの壁の中に……いや、こんなこと言っても、信じてもらえないか。

 じぶんでもスッキリしないんですけどね。あのパイプ、どこに行ったのか。

 今もその業者のところに、あるかもしれませんね。

2019/09/19

角の生えた藁人形7

百物語 第九十七夜

角の生えた藁人形7


※怪談です。苦手な方はご注意ください。




 どうして私が、こんな目にあわなきゃならないんですか。

 だって私は、被害者なんですよ。

 打ちどころが悪かったら、あやうく半身不随か全身不随かになるところですよ。

 ことの起こりは……といって、どこが「起こり」かちょっと分かりかねるんですが……。

 私の妻が、学生と心中事件を起こしたんです。

 許せない。

 絶対に、許せない。

 人としてどうかしてますよ。どっちも……相手の男はもうすぐ退院だっていうんですから……死ねばよかった。死ねばよかったんです。そんなクソみたいなことを平気でするやつは。

 いや、すみません……まだ心の整理が……許せない……どっちも……いや、これは本題ではないので……それは、じゅうぶんわかってるんですが……すみません。

 相手のそのクソの親が出てきましてね、補償を……失礼。ああ、腹が立ってきて……ムカついてムカついて……うちにまだ妻のクソの祭壇があるんです。葬式だけは、やってやった。

 妻の実家も、態度が悪いし、成人した娘のしたことだからってね。おまえの育て方が悪いからだろうが! 責任あるだろうが!

 ああ、すみません……何度も何度も……はい、ありがとうございます。

 これを飲んで……気分を少し……落ち着かせます。

 いや、相手の親は平身低頭で、お詫びする態度も、なかなか立派なもんでした。この親から、何でそんなクソみたいなのができるんだって感じでした。

 でもね、ことがことでしょう。

 学生のころから、結婚して子供がうまれて……十数年でしょう、その時間が全部無駄だったように思えまして。

 うすうす気づいてたんですよ、不倫してるなって。それで、私も目立たないように監視カメラを仕掛けたんですが、さすがにうちにまでは連れ込んでいないようでした。

 あいつ、色々ばれないように、うまくやっていたんでしょう。もともと地頭のよい方ではありましたから。

 その、うまくやっていたことにも腹が立つんですが、いちばんはね、やっぱり子供をないがしろにしてっていうことですよ。

 はいはい、話を戻します……それで、相手の親は、勤め人の私の月給の一年分くらいの額を言ってきまして、これでどうか和解をって、ね。

 私は突っぱねたんです。

 どうやったって、それで気の済むもんじゃないし、結局金で解決かって。

 相当ひどいことも言いましたよ、ええ。何でおまえの息子の方が、生き残ったんだ。

 おまえ、どうやって息子を育ててきたんだって。

 でもね、いちいち受け答えがよかったんです。私も人の親だから身につまされる部分もあって……それにしても、息子が起訴されるかどうかって瀬戸際ですから、私と何とか和解したいんだろう、って思いますとね、素直にうんとは言えなかった。

 いや、何回も何回も来ましたよ。そのたびに立派な菓子折り持って。並ばなきゃ買えないようなのも、持ってきましたよ。

 仏前にも手を合せましてね。長いこと、祈ってました。

 心中してから、忘れもしない十三日目、つまり二七日のことです。

 私は葬式だけのつもりでしたけど、坊さんを断るのを忘れてたんですよね。初七日を繰り上げたんで、つぎは二七日ってことで、坊さんが来ちゃったんです。

 帰ってもらうわけにもいかんだろうってことで、上がってもらいまして。私の親戚が一家族、たまたまいましたから慌ただしいながらも、座布団を出したり、お茶の用意、お布施の袋の用意なんかしまして、それから法要が始まったんですね。

 たぶん、最後のお経だったんでしょうが、チンチン鉦を鳴らしてもう終わりそうだなっていうときです。

 突然、後頭部を殴られたんですよね。

 痛いも痛くないも……もんどりうって、倒れました。

 誰がやったのかなんて、そのときは考えられない。ただ、痛みにたえていました。

 あとは、わけのわからない怒りのようなもの、でしょうか……。

 私はそこに寝転がってるし、親戚一家はあたふたしてるしで、そのうち坊さんは帰ってしまいまして、次の週も来ることになったんですが、それはまた別の話で……。

 親戚一家が口を揃えていうには、突然このステンのパイプが現れて後頭部にぶち当たった、っていうんです。

 はい、このパイプです……変な模様のようなものが入っていますが、何の変哲もない、どこにでもあるようなパイプですよね。

 いやあ、そんなこと、あるわけないって思うじゃないですか。あんたのうちの誰かが私を殴って、口裏を合わせてるんだろうって。

 そこで、気づいたんです。

 妻が死んでからバタバタしていて、監視カメラをそのままにしていたんだってことに、気づいたんです。

 さっそく見てみましたよ、その場で……いや、びっくりしました。

 確かに、突然パイプが空中に現れて、私の後頭部を殴っている。私の倒れる姿がぶざまで、笑っちゃいましたけど。

 いや、病院にいってもそんなことはもちろん、言いませんでしたよ。工事現場で派手に転んで後頭部を打った、ってことにして。

 警察にも届けられませんよね、こんなの。監視カメラを提出して証拠映像ですって、何の証拠にもなりゃしない。

 結局やられ損なんですけど……これ、何なんでしょうね。

 何だか、人型に見えるシミがついていて、気持ち悪いんですけど……。

 また急に現れて、後頭部を殴られるのも嫌ですし。

 ゴミとして捨てるのもなんですし……こういうの、どうしたらいいんですかね。

 まだ変なことがあって、子供がね……夜中に、壁に向かって話しかけてるんですよ。人と話してるみたいに。

 最初は妻が……あんなのでも母親が急にいなくなったから、って思ってたんですが、どうも違うらしいんです。

 同年輩の子供と話しているような感じでね。妻と話しているような感じじゃない。

 パイプがいつのまにか、ふだん寝てる部屋に移動しているってのも、気になりました。

 これで息子の身に何かあったら……口にするのも、嫌ですが……。

 早く処分しなければと、思っています。

2019/09/18

角の生えた藁人形6

百物語 第九十六夜

角の生えた藁人形6


※怪談です。苦手な方はご注意ください。



 いや……お恥ずかしい。

 お恥ずかしい話ですが、失敗でした。

 全面的に、私のミスです。

 ただ、これに対してお経でも祝詞でも、式神にどこかへ連れ去るようにさせても……どうやったって無駄だと思ったのは、まちがいない……それが、いつわらざる心境というのか、最初にこれを見たときの私の第一感でした。

 これをできるだけ、ひどく扱って、ひどい処理の仕方をする……これが、戦略としてまちがっていた。

 ええ、認めます。認めざるをえませんよ、こうなってしまっては。

 私じしんはともかく、人様に迷惑をかける形になっちゃったんで……。

 最後にどうしたかというと、私はあれを、燃やせるゴミとして出したんです。ゴミ捨て場に。

 私の家から、ちょうど通りをはさんで向かい側にゴミ捨て場がありますから、収集にくるのを待って、見届けようとしたんですよね。

 先日あなたにお見せしたように、お寺さんが封印した桐の箱に入ってましたが、若干大きい木箱があったんで、それにおさめましてね、市指定のゴミ袋に入れて出したんですよ。

 はい、ひどい扱いをしてやるってことで、他のゴミもいっしょですよ。

 ところが、業者が収集にきたら……バッテンシールを貼って、置いていったんです。分別がまちがっています、っていう、あのシールです。

 モノとしては、木の箱に藁、ですよ。

 他のゴミにしたって、燃やせるゴミばかりです。

 私、業者のやつ、何を見てやがるって、ゴミ捨て場に行ってみたんです。

 私が出した袋は無事収集されたんであって、見間違えたんだ、他の人のゴミが残されたんだ……そんな期待もしてたんですけどね。

 でも、見てみたら私の出したゴミ袋だった。

 しかも、なぜかステンのパイプが入っている。

 いや、絶対私はそんなものを入れていません。私がその日の朝に出したんですから、出したとき、そんなのが入っていなかったのは断言できます。

 私がゴミ袋を置いてから、誰かがネットをとって、そのゴミ袋にパイプを入れたか。

 私の頭がおかしくなっていて、知らないうちにどのタイミングかでパイプを入れたか。

 この藁人形がパイプを引き寄せて、収集できないようにしたか……いや、あなたそれは……怪談の読みすぎでしょうよ。案外、そうなのかもしれませんが。

 それからパイプをとりましてね、次の燃やせるゴミの日に出したんですよ。あくまでこの方法でやるんだ、って、今から思えばやっぱり何かに憑かれてたのかもしれません。

 それで私は、家の窓から収集するのを見ていた。

 だいたいどのへんにじぶんのゴミを置いたか、わかりますから……ゴミ収集車がきて、作業の人が降りてきて、ネットをとり、ゴミをどんどん放り込んで……そんな様子を、いちぶしじゅう、見ていました。

 私が出したゴミ袋も、無事に収集車に放り込まれて……ああ、成功だ、よかった。

 こうするのがよかったんだって、思った瞬間ですよ……爆発したんです。

 ええ、爆発。パーン、と……。

 えってなって……収集車はもう動きだしていましたし、私はもう、窓から離れようとしていたんです。

 見ると、収集車の後部が燃えています。

 少し前に、ちょくちょく見かけましたよね。ガスを抜いていなかったスプレー缶が、ゴミとして収集されたときに、爆発することがあるって。テレビでね。

 ぱっと見たところは、そんな感じでした。

 でも、記憶は定かじゃないですが、スプレー缶の爆発とは、音が違っていたようなんです。

 私が聞いたのは、何かをアスファルトに叩きつけたような、乾いた音でした。

 よく、飛び降りした人が地面に叩きつけられたとき、そんな音がするっていうでしょう?

 そんな音でした。

 それから……うん、それからねえ……。

 まあ、あまり私の周辺も、いい状況じゃないんですよ。

 お恥ずかしい話なんですが、息子が心中未遂を起こしましてね。

 未遂は息子の方だったんですが、お相手が人妻でして、亡くなったんです。今日もこれから、その後始末に行ってこなきゃなりません。

 いや、まあ……そうなんでしょう。

 これは、子供に影響が出るもんなんでしょう。

 私はやっぱり、この藁人形をモノとして見ることができなかった……それが敗因です。修行不足だったんですね。

 ああ、藁人形はもう、物質としては存在しません。

 それがよかったのか、悪かったかはわかりませんが、もう他のゴミと一緒に処分されたか、爆発騒ぎのときに燃え尽きたかでしょう。その瞬間までは、さすがに見届けていませんけれども。

 でもね、ステンのパイプの方が残ってるんです。

 見たところ、新しいようだし、サビも汚れもないんですが……これを置いておくと、悪いような気がしてならないんです。

 五十センチくらいですかね。いったい、どこから来たんですかね……何の一部だったんですかね。

 燃やせないゴミで出すのはどうも……私には、これに藁人形の魂が移ったように思えますんで。

 同じ失敗はしたくないんです。

 じゃあそろそろ出かけますんで……今日はまず警察に行ってから、病院へお見舞いに行きます。はい、息子の後始末なんですよ。

2019/09/17

角の生えた藁人形5

百物語 第九十五夜

角の生えた藁人形5


※怪談です。苦手な方はご注意ください。



 くだんの藁人形が、これです。

 あまりじっくり見ない方がいいですよ。私だって、こんなに禍々しいもの、そうそう見るもんじゃありません。

 いいですか? もう、ふたを閉めますよ。

 いちどどこかのお寺さんが封印したらしいんですけど、それを破ったらしくてね。ええ、じぶんで。

 そして、最初に預けた人のところに戻ってきたっていう……。

 何でも、夜中にその人のお子さんが、壁に向かって話しかけてた、っていうんですね。それが毎晩つづいて、どうもお子さんの方も心身とも変調をきたしてきたっていうし、その人も壁に何かあるって、思い切って壁を壊した。

 そうして見てみたら、これが壁の隙間にあったと。

 その人、お焚き上げの業者さんに持っていったらしいんです。

 その業者の名前を聞いて、たずねてみたところが……その業者さんは、お寺さんに持って行った。やっぱり最初の人と似たようなことがあって、これはもう、じぶんの会社では処理できない、そんなことして何かあったら困るからってね。

 ところが、お寺さんの方では、きちんとやったのかどうか、どうも供養にも何にも、ならなかったらしい。その人が悪いんじゃなくて、この藁人形が悪すぎたんです。

 それで、最初の人のところに戻った、とまあ、こういう経緯のようですね。

 そうですか。これは結局何なのか、とおっしゃる。

 いえいえ、誰にでも好奇心て、ありますからね、いいんですよ。

 私の見立てでは、すでに亡くなった方の魂をとどめておいたもの。おそらくは、子供の魂、最愛の子供の魂を。

 はい、ずいぶん昔のものでしょうね。昔は子供のうちに亡くなってしまうのが、当り前とはいわないけれど、今よりもずっと多かった。

 その上に、「家」というものがありますからね。

 その家の後継ぎが欲しい。ひとりだと不安だから、二人目、三人目と子供をつくる。女の子しかいないなら、婿を迎える。子供がいないなら、養子をとる。子供ができないなら、離婚する。みんな「家」を続けるため、というのが大きな理由でしょう。

 この藁人形、亡くなった方の魂をよらせるために、これは角が生えたようにつくったんです。

 あくまで象徴的なもんなのですが、鬼には角が生えているでしょう? 日本の「鬼」というとそんなイメージがなくなってしまってますけれども、漢字の「鬼」はもともと幽霊という意味なんですよね。

 だから、大陸に由来する呪術がほどこされていた、そんな気がします。

 うん……いや、もう見ない方がいいでしょう。
 
 首の上の方に左右二ヶ所、切りそろえるときに飛び出させて、角のようにした……そんな形状をしている。ただ、それだけですよ。

 正直、私はこれをもう、もてあましてるんです。

 受け取るには受け取ったけど、これ……誰にも、どうにもできるもんじゃないですよ。

 どうにかできるって方がいるなら、教えてほしいくらいのもので……。

 ただひとつ私ができることは、これをできるだけひどいやりかたで処分する、ということです。

 われわれは神主さんと違って、ケガレにはとことん強く出られるよう修行してますからね。

 そのために、霊的に身を守る方法もずいぶん厳しくやっていますし、密教でも修験道でも、効くならなんでも使いますから。

 でも、これに関しては、できるだけひどい扱いをする。

 おまえなんか大事なもんじゃないんだ、ただのモノだ。だいたい、魂が入ってるなんて、たいそうなもんじゃない。古い稲藁がたまたま人の形になってるだけだってね。

 そんな侮辱にふさわしい処理の仕方をしますよ。

 ええ、近日中に。

 やっぱり夜中、何かしゃべってるようで、うるさいんですよ。今は静かですけど。

 たぶん、津軽弁か南部弁、青森のことばですけど、私、あいにくそっちの方言はわかりませんから。

 この場所よりも、もっといい場所にお移りを、なんてお願いしてる場合じゃないんで。

 そういうことをいって、聞いてくれるようなもんじゃないですね、これは。何たって、未熟な魂ですから。

 え? 聞かれてるようだけど、だいじょうぶかって……あなた、そんなこといって。

 これはただのモノ、ですよ。

 これがこっちの言うことを聞いてるなんて、あるわけないじゃないですか。

 ……とまあ、こんな感じで、しばらく取り扱います。

 そして、ちかぢかひどい処理をして、それで終わりですよ。

2019/09/16

角の生えた藁人形4

百物語 第九十四夜

角の生えた藁人形4


※怪談です。苦手な方はご注意ください。




 どうして、これがもどってきたのか……。

 本当にもう、まいっちゃってるんです……。

 いいえ、確かに私も、お焚き上げの業者にただこれを置いてっただけなんで、あとは逃げるように帰ってきたんで、ちょっと悪いなとは思ったんです。本当に、そう思ってたんです。

 それにしてもですよ、その業者、絶対に適当なことをしたに決まってます。

 え? もどってきたっていうのは、ありえないってじぶんではわかってるんですけど、これが、この人形が、壊した壁の中にあって。最初に見つけた壁のところに、箱に入った状態であって。

 いいえ、落ち着いています。落ち着いていますよ。

 箱の部分は接着剤か何かで、ベッタリくっついたようになっていました。

 はい、ふたは開いていました。下に落ちてました。

 この藁人形、こう……手を広げた状態で、壁、じっさいには箱の中ですけれども、背中をもたれるようにして立っていました。

 ああ、思い出させないでください。思い出せないで。本当に、思い出させないでください。

 無理は承知でお願いします。本当に、お願いします。

 このままだと私、どうにかなっちゃいそうで。いや、もうどうにかなってるかもしれません。

 人形が話しかけてくるような気がするんです。いまも。そうです、いまもです。話しかけているような気がする。箱の中で、何か言っているような気がする。

 フランス語のような気がするんです。

 いままで習ったことなんて、ないんですけれども……。なぜか、フランス語なんじゃないかって気がします。

 いまは、そんな気がするだけで済んでいます。でも、そのうち絶対に何を言ってるのかわかるようになりそうで、怖いんです。

 はい、私は子供をつれて、もう家を出ています。だって、またこの藁人形がもどってきたら、怖いじゃないですか。

 もどってくるとしたら、私の家に決まってるじゃないですか。

 ああ、ほら、いま……聞こえますか?

「ンダスケ、マイネ」って言ったような気がするんですけど、これ、私の気のせいですよね?

 何も聞こえてないですよね?

 どうして黙ってるんですか?

 さっきからそんな顔して……何とか、言ってください。

 まさか、本当にこの藁人形、しゃべってるんじゃないんでしょうね。

 いま、こうやって……これが何か言っているのが、あなたにも聞こえてるんだとしたら、これは本当にまずいものなんでしょうね。

 私だけが聞こえてるんだとしたら、ストレスで幻聴が聞こえだしてるとか何とか、そんなところですよね? もしかしたら統合失調症にかかっちゃったのかもしれませんけど。

 いいえ、私が病気だったとしても、そんなこともやっぱり、どうでもいいんです。

 とにかく、これをどうにかして欲しいだけなんです。

 あなた、陰陽師なんでしょう? 本物の。

 ネットであなたがそう言ってたから、ここにきたんです。

 何とか流の何代目宗家とか何とか……あれ、嘘なんですか?

 そうですか。本当なんですね。絶対に、本当なんですね。

 本物の陰陽師。それなら、この藁人形を置いていっても、きちんとしてくれますよね? 少なくとも、私や私の家族に何かが起きるようなことはもうありませんよね?

 お金なら、ここに用意してあります。ネットで調べて、これくらいが相場だって書いてあったもんですから。

 いやいやいや……そんなことどうでもいいんです。方法はどうでも。
 
 はいはい、祝詞でも式神でも、好きなようにしてください。

 とにかく、私のところに二度とこれが、もどってこなければいいんです。そうして欲しいんです。

 これがもし私のところに、またもどってきたとしたら、訴えますよ。

 偽物だって。

 詐欺だって。

 ネットでも、あちこちで言いふらしますよ。

 本当にもう……これのせいで、私はもうめちゃくちゃなんです。

 そろそろ子供を迎えに行かなきゃならないんで、このへんで……どうか、よろしくお願いします。

 本当に、お願いします。

2019/09/15

角の生えた藁人形3

百物語 第九十三夜

角の生えた藁人形3


※怪談です。苦手な方はご注意ください。


 どうしてうちに持ってきたのか、わからないんですよね。

 檀家さんでもないし、うちは別に名前の通ったお寺ってわけでもないのに。

 一般の人には、檀家寺とか祈祷寺とかいっても、ピンとこないだろうし。まあ、近くの寺だからって、持ってきたんでしょうね。

 いやいや、ちゃんとお経は読みましたよ。儀軌にのっとってね、そう、次第がありますから。

 おたくの会社に持って帰って、すぐ火入れしてもらって大丈夫。

 だいたい、見るからに念のこもっているような、忌まわしいものですからね、これは。こっちに何かあっても嫌ですし。念入りに供養しました。

 ああ、箱は開けないでください。開けない方がいい。そのままお持ちください。

 まちがいなく、くだんの藁人形、入ってるから……振ったり、ゆすったりもしない方がいいね。

 よけいなお世話だけど、あなたまだ若いんだから、こういうことからはなるべく離れて、何も経験しない方がいい。そういう機会のない方がいい。やっぱり取り返しのつかないことって、ありますから。

 私も霊感があるわけじゃないんだけど、長年やってると、たまにはね、こういうことがある。

 人が亡くなったのを弔って生活させていただいてるわけですから、その人の思い、感情のようなものが伝わってくるようなことはありますよ。

 でも、これはね……ふつうに亡くなった方の気持ちが残っている、そんな生易しいもんじゃない。

 悪意を感じるんですよ。

 いつのものかは、わかりません。この角の生えた藁人形そのものは、もちろん物質なんですから、何百年も前のものではないでしょう。

 せいぜい数十年くらいでしょうが……それにしても、こんなふうに黒ずんでいて、かろうじて藁でできているってわかるくらいで……誰が見ても禍々しいもんだって、わかるくらいですよね。

 脅かすようで申し訳ないけど、正直なところ私の供養が、ちゃんとできているかはわからないんです。

 いやあ……くりかえすけれども、きちんとやりましたよ。

 きちんとね。

 でも、怒った人をなだめたのが、かえって怒らせた……。人間関係だって、そんなこともあるんだから。

 だからこうして、封印したんです。万一のことを考えてね。

 そういうものなので、この箱は絶対に開けないでください。

 直接、手に触れたり、見たりするのさえ、よくないはずですから。

 いちおうお話ししておくと、お経を読んでいる途中、確かに奇妙なことがあった。

 ほら、この壇の上に置いておいたんだけど、そこでね……何だか大きくなったり、小さくなったりするんだ。いや、そこまでじゃない。呼吸してるような感じで、ふくらんで、しぼんで、っていう方が近いかもしれない。

 それに合わせて、御本尊のろうそくが両方とも、一気に燃え上がったんですよね。うん、これくらい……床から二メートルくらいかな。このろうそく、五十センチくらいだから、けっこうな炎でしたよ。

 読経中にろうそくの炎が、って、けっこうあることなんですよ。でも、そこまで火があがったことなんてなかった。

 私はこのろうそくの炎、御仏からの働きかけ、お示しだと思ってるんですがね。

 今回は、どうとらえたらいいか……。「おまえの供養を確かに受けたぞ」というのとは、違っているかもしれない。

「これはまずいものだから、気をつけろ」と、お示しくださったのかもしれない。

 いやいや、おどかしてすみませんね……恐らくこれは、浄火で燃やせばそれで終わりでしょう。

 ただ、火ですからね。実際に火を扱う人には、くれぐれも気をつけて。

2019/09/14

角の生えた藁人形2

百物語 第九十二夜

角の生えた藁人形2


※怪談です。苦手な方はご注意ください。






 そりゃあ、最初からヤバいもんだって、わかってましたよ。ほんとに。

 でも、仕事なんだし、しょうがないじゃないですか。

 私が勤めてるところって、お焚き上げもやってるんだから「これはまずいだろうって」ってもの、確かにきますよ。

 明らかに血を吸ってる掛軸とか、死臭を放っている着物とか。

 ただ、それって、まれなことなんです。

 長年勤めている人だって、何十年に一回あるかないかって言ってましたよ。

 私、受付を担当しただけなんですよ。

 ええ、その人、取り乱してる感じでしたよ。筋道は通ってたけど、わけのわからない話をまくしたてるし、申込書に名前を書いてもらったら、字は震えてるし。お金もらったら規定の料金以上だったけど、おつりはいらないって逃げるように……ほんとに、逃げるように帰ってしまった。

 そうして私は預ってしまった。

 角のある藁人形を預った。

 それだけなんですよ。ほんとに。

 いやいや、くりかえしますけど一度、見ただけで、まずいもんだって気づきましたよ。鈍い私でも。

 同じ部屋にいると息苦しくなるし、見てたら鳥肌がたってくるし。

 あずかったものを一時まとめておくスペースがあるんですが、そこには置きませんでした。そこ、同じ部屋ですし。

 ある程度まとまったら、別室に移動するんです。その別な部屋へすぐに持っていきましたよ。触るのもイヤだから軍手をはめてね。別な人が持ってきたのがダンボールに入ってたんで、藁人形を放り込んで。ついでに軍手も。

 それでもう、忘れてたんです。仕事が終わって、家に帰って、ごはんつくったり、掃除してたりしているうちに忘れてたんですよね。

 そんなもの、記憶から消去してしまいたかったのかもしれません。

 そのままお風呂に入って、あすの準備を済ませて布団に入って……と、ここまでは、いつもどおりだったんですが。

 夜中に、目が覚めたんですね。

 私は壁に向かって、何かを話しかけていました。

 いえ、壁には何もないんです。部屋の出入口のすぐ横で、家具も置いてないし、ポスターのたぐいを貼ってあるわけでもありません。

 その何もない壁が、ふと気づくと目の前にあった。

 そして……黒ずんだ藁人形が、壁にかかってたんです。

 いえ、釘で打ちつけられてたんじゃなくて、画びょうで刺されていました。

 よくあるタイプの画びょうではなく、針の部分が長かった。

 それが、顔、胸、腹に刺さっていた。

 まぎれもなく昼間、仕事中に引き取った藁人形でした。

 この時点でもう、私は私の正気というものに自信が持てなくなったんです。

 もしかすると、藁人形を一時保管する部屋に置いたつもりで、無意識にカバンにでも入れて、持ってきたのかもしれない。

 そして、画びょうで寝室の壁に刺しておいたのかもしれない。

 工事現場の事務所でつかうような大きい画びょうなんて、家にはないはずでした。

 私は仕事の帰り、それをどこかの専門店か何かで買い求めて、三本だけ藁人形に刺して、残りはどこかに捨てたんじゃないか。

 いや、誰か私を嫌ってる人が藁人形を嫌がらせのために持ってきて、うちに無断侵入して……。それにしても、鍵をかけていたし、窓も閉まっていたし……。でもいったい誰が……。

 色々なことが、つぎつぎに頭に浮かんできて、おかしくなりそうでした。

 とにかくあすも仕事なんだからと、リビングに布団を移動して何とか寝ました。

 深い眠りにはつけませんでしたが、ときどき意識を失って、ちょっとしたら目がさめて、壁の前にいるんじゃない、布団の中にいるのを確かめて安心する、というのをくりかえしているうち、朝になりました。

 寝室に行って、おそるおそる見てみると……やっぱり、それは壁にありました。

 夢じゃなかったんです。

 それだけ確認すると私は急いで支度をととのえて、出勤しました。

 会社について最初にしたのは、藁人形の所在の確認です。

 ええ……やっぱり、私の置いた場所に、藁人形はありませんでした。

 藁人形にふれるときにはめた軍手の方は、残っていたのに。

 ですから、これは勝手に私の家に移動してきたか、誰か私に悪意を持っている人が家に侵入して壁に……いや、どっちでもいいんです。とにかく、これが私に近づいてこないようにしたいんです。

 引き取ってもらえますよね? もちろんお布施は払いますから。

 ああ、この藁人形を持ち込んだ人の家に、行ってみたんです。連絡がとれないので。

 何とか返せるかもしれない、なんて甘いことを思ってたんですが。

 でも、家にもいなくて、鍵がかかっていました。いちおう携帯にかけてみたら、家の中で着信音らしい音がしていました。何度かかけるたびに、その音楽がけっこうなボリュームで聞こえる。玄関か、あがってすぐのところか、近くに携帯があったんでしょう。

 その音楽が『夢見るシャンソン人形』なんですよ。

 おあつらえむき、じゃないですか。

 そんなバカなって思って、何回もかけたんですよ。

 でも、やっぱり『夢見るシャンソン人形』だったんです。まちがいなく。フランス・ギャルの唄ってる、まあ原版ですよね。

 それが聴こえてきていた。

『夢見るシャンソン人形』って、原詞では蝋人形らしいんですが……。

 いや、いや。話しすぎました。もう、これくらいで。

 とにかく、これ……お布施です。ここに置いておきますので、どうかお願いします。

 それじゃあ、失礼します。

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2019/09/13

角の生えた藁人形1

百物語 第九十一夜

角の生えた藁人形1


※怪談です。苦手な方はご注意ください。






 初めは、そんなに気にしていなかったんですよね。これって、よくあることなんじゃないの、って。

 でも、それはほんの最初だけのことでした。

 そのとき四歳だった私の息子が、夜中に起きて、壁に向かって何かをしゃべっているのを見つけたんですよね。

 うん、そうね。そうです。ぜんぜん起きているときと変わらない感じで。私はたまたまトイレに行く途中で、息子の声を聞いたんです。戸をしめていたのに聞こえるくらいだから、かなり大きい声でした。

 私の部屋の方はドアをいつも開け放しにしていましたから、もしかしたら息子の声で目をさましたのかもしれません。

 息子の部屋に入ってみると、息子はベッドを下りているし、ときどき笑いながら会話してるようなんで、この子はまあ、寝ぼけちゃって……と思いながら、声をかけたんです。

 何やってるの? ってね。そしたら息子は、

「〇〇さんと話してる」っていうんです。

「〇〇さんって? 誰もいないじゃない」

 確かに、そんな人は見当たらない。夢でも見てるんじゃないかって、息子の顔をのぞきこむと、見上げるように壁を見ていて、まるで誰かがそこにいるように話している。

 今日も幼稚園に行ったよ、とか、お昼にウィンナーを食べたよ、とか……何か聞かれて、それに返事をしているようでした。

 というのも、息子はけっこうな頻度で「わかんない」というんです。誰かに何か尋ねられて、それがわからないとなると、あまり考えもせずに「わかんない」と答える。そんな傾向があったんです。

 そのときも「わかんない」を連発していたので、ああ、誰かに何か聞かれてるみたいだって思って、薄気味悪くなりました。こんなとき、夫がいればと思いました。あいにく単身赴任中だったんです。

「そんな人、いないよ。もう寝ようよ。寝なきゃダメよ」と、私は恐る恐る声をかけました。

 壁には本当に何もなかったんです。ポスターなんかも貼っていないし、本棚も家具もありません。

 何度いっても息子の耳には全く入っていないようだったので、両脇の下に手を入れて、抱えこむように無理やりベッドにもどしました。

 なぜか息子の身体は根を張ったように重くなっていて、いつもの二、三倍くらいに感じられました。

 私も怖くなってきていたので、手足をバタバタするのを押さえつけるようにして、何とか布団に入れたんです。

 でも、このままこの部屋に息子を置いておいてよいのだろうか、私の部屋で寝かせた方がいいんじゃないかってのは、ありました。

 いえ、しばらく見守ったんですよ、もちろん。

 息子は、すぐに寝入りました。

 さっきまでのは何だったんだってくらい、あどけない寝顔で。

 壁をもう一度、見ました。怖かったけれど、そばに近づいて、何かが人の顔に、人の姿に見えるんじゃないかって、角度を変えて見たり、息子の座っていたところから見上げてみました。

 でも、全く変わったところはありませんでした。

 一時間くらい、そうしていたでしょうか。

 安心してじぶんの部屋にもどったはずなのですが……やっぱり、となりの息子の部屋が気になって、何度か起きるのをくりかえしつつ翌朝を迎えました。

 いえ、聞きませんでしたよ。怖くて。息子が憶えていたかどうか、確かめませんでした。憶えていないなら夢を見ていた、寝ぼけていたで済んだわけですけれども、憶えていたとしたら……。

 翌日の晩も、息子は大声で壁に向かって何かを話しかけていました。

 私は寝入りばなだったのですが、すぐに起きて、息子をじぶんの部屋へと移動させました。

 その日はそれで済んだのですが、次の日の夜には、息子は私の部屋の寝床を抜け出して、また壁に向かっていました。

 四歳の子供が、ですよ? 平均よりも発育が遅くて、ちょっと背伸びしないとドアノブに手がかからないくらいなのに、何とかドアを開けて廊下に出て、今度は息子の部屋のドアノブを……。そこまで息子をかりたてる何かが、私には怖くてたまりませんでした。

 鍵はかかるようになっていないんです。どっちの部屋も。

 別な部屋で寝させてみたり、部屋の出入口に障害物を置いたりしましたが、全く無意味でした。

 私が眠りにつくと、しばらくしたら息子は起き出して、やっぱりじぶんの部屋に行き、壁に向かって誰かと話している……。

 そんな日が何日も続いて、私は参ってしまいました。

 息子の方は、それ以外はふだんと変わりなかったんです。ごはんもきちんと食べるし、幼稚園にも楽しく通っているようすでした。

 私は思い余って、家にあるいちばん大きいハンマーを持って息子の部屋へ行き、壁を壊しました。

 なかなか壊れませんでしたが、ときどき休み休みしつつハンマーを叩きつけているうちに、ようやくボロボロと壁面が落ちるようになりました。

 どうやら壁の向こうにちょっとした隙間があるようで、 配線のたぐいが上の方にあるのが見えました。

 そこで私、見つけちゃったんですよね、これを。

 何かが打ちつけられてる、何だろうって、まわりの壁面をよけてみると、これがあったんです。

 これ、何なんでしょうね。

 ちょうど息子が見上げていたらしいところに、これがあったんです。

 やっぱり、これのせいですよね? これがなくなったら、息子は元に戻りますよね?

 見かけは藁人形みたいで不気味ですが……。よくいう藁人形とは、ちょっと違うような気もします。

 角の生えた藁人形って何か、いわれのあるものなのでしょうか……。知りたいとも思いませんけれども。

 いいえ、ハウスメーカーに聞いてみたんです。注文住宅で、こんなことがあるなんてって、クレームのひとつもいいたいくらいでしたから。そしたら、工事を担当した業者がつぶれてしまって、連絡先がわからないっていうんです。

 だから、何でこんなものが壁のうしろに打ちつけられていたのか、わからないんです。

 これ、お焚き上げっていうんですか?

 引き取ってもらえますよね?

2019/09/12

うずくまるもの

百物語 第九十夜

うずくまるもの


※怪談です。苦手な方はご注意ください。



 あなた、雨は好きかしら?

 ……そう、嫌いなの。それは残念ね。わたしは雨が好きなの。

 細かい粒が糸のように降る、春先の雨。

 夕立のざんざ降り。

 しとしとと紅葉に降り注ぐ、時雨。

 手の指先やつまさきまで凍えてしまうような夜の氷雨。

 わたしは、どれも好きだわ。晴れの日よりも、季節が感じられるから。

 雨が嫌いだというんならあなた、雨の夜はなるべく外に出ない方がいいわね。

 これからお話しするのを聞いたら、そう思うでしょう……ええ、これは雨の夜にあったお話。

 その日は昼間からもう曇り空で、ときどきパラパラと降ってはいたの。

 季節はちょうど今くらいの時期……秋の中頃よ。晴れてたら、さぞかしお月様が綺麗だったでしょうよ。

 でも、その日はあいにくの雨。日暮れ頃から雨が本降りになったの。

 ときどきザザーッと降ったり、勢いが弱まったりするけれど、止むことはなかった。

 わたしは学校が終わってから、友達といっしょに塾へ行ったの。

 その帰り道でのできごとよ……ソレに遭遇したのは。

 傘をさしてね、他愛のないおしゃべりをしながら、並んで歩いてたの。

 そうしていつもふたりで帰るのは、もちろん家が近くにあるからなんだけれども、途中でその子がちょっと本屋さんに寄っていきたいっていうからつきあって、それでいつも通るのとは別の道を歩いてたのね。

 だから、帰り道っていっても、ふだん歩いてる道じゃなかった。

 ソレは、電柱に向かいあって……わたしたちに背を向けて、しゃがんでた。

 夜目にも鮮やかな、着物姿でね。赤い色調で、花模様……とても綺麗だったわ。振袖じゃなさそうだけど、晴着なのはまちがいない。飲み屋さんなんかの、お仕事で着てる人じゃない。

 だいたい、格子柄の黄色の帯を文庫にしめてて……ああ、そうね。いちばんよく見るのはお太鼓ってしめ方だけど、そうじゃなかったの。文庫ってのは、まず年配の人はしない。若い人がする。

 よく知ってるって? そうでもないよ……おばあちゃんが着付の先生だから、くわしいだけ。ほんのちょっとだけ、ね。

 それに、髪だってちゃんと結ってた。下の方で結うと落ち着いた感じに、上の方で結うとあでやかな感じにっていって、ソレは高めに結ってた。

 つまりね、改まった席には向いていないのよ……もっとも、最近は着物着ても髪を結わない人さえいるくらいだから、割といい加減だけれども。

 なぜこんな説明をグダグダとしたかというとね……明らかにおかしいからよ。

 雨の夜だっていうのに傘もささず、電柱に向かって、うずくまってるなんて。着物も濡れるし、クリーニングするにしたって、とっても高いのよ。

 絶対、ヘンでしょ?

 なにかあったにちがいない、って思うじゃない。

 あなたがその場にいたら、どうするかな?

 関わりあわない方がいいって思うかしら……それとも、心配して話しかけようとするかしら?

 わたしはね、話しかけようと思ってた。でも、友達に止められたの。

「どうしたのかな?」っていった瞬間、やめて! って。

 えっ、て友達の顔を見たら、怖い顔をしてる。

「このまま行くよ」

「どうして?」

 でも、あとでいうからって教えてくれない。

 小走りになるし……しかたないから、そのままソレの横を通りすぎたのよ。

 ちょっと行った先で、友達がこういったの。

「ねえ、遠回りになるけど、あっちから帰らない?」

 指さした方の道は、わたしの家にはかえって近くなるんだけど、友達の家からは遠くなる。いつもは友達の家まで行って、バイバイしてからじぶんの家に帰ってたの。

 表通りから入ったら、友達の家の方が近かったからね。

 わたしは深く考えずに、いいよって答えた。

 そのままわたしの家の方に向かって、ちょっとしたらね……いたのよ、また。ソレが。

 ううん、ちがうの。最初に見たときとは、別な場所よ。いつも通る場所だから、まちがいない。

 でもね、そう思ってたのはわたしだけだったのよ。

「ああ、これはまずいかも」って、友達がいってね、立ち止まった。

 見たら、顔色がもう真っ青になってて、唇を噛みしめてる。

 だいじょうぶって聞いたら、わたしはだいじょうぶだって返事。

「あれね……わたし、最近よく見るんだけど、話しかけたらひどい目にあうって。今までは、こんなことなかったのに……」

「こんなことって?」

「なんども現れるってこと。一回見たらその日は終わりだったのに……雨の晩によく現れるらしいんだけど、くわしいことはよくわからない」

「ひどい目って?」

 友達は答えなかった。さっさと歩きはじめて、ソレの横を通過して……またもうちょっと歩いた先にね、またソレがいた。

 わたしはそこで初めて背筋が寒くなったの。

 さっきは、なんとかわたしたちを先回りできるくらいの場所だった。

 でも、こんどは絶対に無理な距離だったから。

 ソレの脇をまた通過すると同時に友達の足がどんどん速まってって、ほとんど走ってるくらいになってね。

 わたしは鈍足だから、だんだん友達から遅れちゃって、待ってって声をかけても、友達はふりむきもしない。

 いちどだけね……わたし、振り返ってソレを見てみたんだ。走りながら。そしたら、やっぱりわたしたちに背中を向けてた。

 最初は電柱の方に向かっていたのに、ソレの右側に電柱があったの。もしかすると、顔を見られたくないのかもね……もっとも、そんなことしてるから友達に離されたんだっていわれれば、それまでだけれども。

 コースは変わらなかった。そうやって、わたしが友達を追いかけるかたちになっても。

 それからすぐよ、わたしの家の前に着いたのは。

 わたしは久しぶりに走ったから、ゼイゼイいって、肩で息をしてた。

 走ってる途中で鞄が当たってたんでしょう、身体のあちこちが痛かった。

 でもね、友達は足を止めなかったの。わたしの家の前を通過したまま、走っていっちゃった。

 そのときにはもう、友達は百メートル以上、離れてた。

 わたしはさっきいったように、もう限界……それでも、追いかけた方がよかった。

 今でもそう思うわ……鞄も傘も放りだして、追いかけるべきだった。そうしたら、身軽になって追いつけたかもしれない。

 たとえ追いつけなかったとしても、努力はすべきだったのよ。

 うん……そうよ。そうなのよ。わたしはね、そのまま家に入ったの。

 濡れてたからシャワー浴びて、ごはん食べて、そこに帰ってきたお父さんとちょっと話して……それでようやく友達に、連絡したの。

 でも、電話に出なかったし、かけ直してもこなかった。メールの返信もなかった。

 それきり。そう、それきりよ。友達は消えてしまったの。どこかへ……。

 どうしてかなんて、わからない。

 わかるわけがない。

 家には戻らなかった、とは聞いてる。

 でも、それだけ。

 警察の人にも事情を聞かれてね、話したのよ、このこと。

 でも、ソレが関係してるかどうかは調べてみようって程度でね。

 なにか事情を知る可能性のある、不審人物。そんなふうに思ってるんじゃないかな。

 わたしは、ソレが実体のある人間とは思えないんだけど……でも、そういっても信じてもらえなかった。

 まあ、当然よね……わたしはこうして、友達をひとり失った。

 そして、なにかできたんじゃないかと、今でも後悔してる。

 警察の人にはそんなこと、どうでもいいのよ……だいたい、なんども事情を聞かせてくれっていわれたらね、疑ってるなってさすがに気づくわよ。

 あなたは、どう?

 わたしのことば、信じられるかしら?

 それとも、わたしが友達をどうかしたって思ってるかな?

 こんなことがあっても、まだ雨が好きだっていう、わたしの神経を疑うかしら?

 まあ、どれでもいいわよ。

 とにかく雨の晩は気をつけた方がいい。

 怖い話が聞きたかったんでしょ?

 いいたいのは、そういうことなんだから。

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2019/09/11

いわくつきの掛軸

百物語 第八十八夜

いわくつきの掛軸


※怪談です。苦手な方はご注意ください。



 うちは旧家なんてもんじゃないんだがな、ひいじいさんの代まで金持ちだったらしくて書画骨董がまだなんぼか、残ってるんだ。

 たいしたもんはないと思う。おやじが確かに古伊万里だって聞いていたのを鑑定してもらったら、偽物だったしな。酒のつまみがわりに、血を吸った刀だとか、家康が着たよろいだとか、そんなのがあるってヨタ話をしてるくらいなもんで、みんな無造作に蔵の中に放り込んであるよ。

 でもな、ただひとつ、まちがいなく本物だってのがあるんだ。作者がどうとか、時代がどうとかじゃない。

 まちがいなく、いわくつきの掛軸。

 寒山と拾得って知ってるか?

 昔、大陸にいた坊さんだな。寒山、拾得という、ふたりの坊さん。こいつらアホみたいなことばっかりしてたんだが、その行動がいちいち悟りに近い、菩薩の化身だろうってことになった。

 そのふたりを描いた掛軸ってわけさ。

 いやいや、そもそも寒山と拾得を描いたもんなんて、たくさんある。いろんな人が描いてるし、有名な画題だから印刷されたものも数えきれんだろう。

 うちのは確かに手書きだが、落款がない。ああ、ハンコを押しとらんのだ。署名もないから、まんいち、有名な絵師が描いたとしたって証明もできん。市場価値はゼロさ。

 それでもわが家にとっちゃ、かけがえのないもんなんだ。浅野内匠頭が切腹したときにつかった短刀とか、信長が吸ったキセルとか、そんなホラ話のネタにするようなもんじゃなくて、この掛け軸だけは大事にされてるんだ。

 ほら、見てみろよ……ちょっと暗いか。電気をつけよう。

 床の間に掛けてあるだろう、ちゃんと。お供えも毎日してある。花も飾ってな。

 気持ち悪いって? 失礼なやつだなあ……おい、指でさすなって。

 右が寒山で、左が拾得。寒山は巻物、拾得は箒を持ってることが多いんだ。ひとつ、勉強になったろう?

 茶色っぽいところは、血を混ぜてるらしいぜ……いろんな描かれ方をしてるから、こんなのもいいだろう。

 どうした? 冗談だって。絵師に、ちょっとでも信仰心があったら、そんなことするわけないって。

 そうか、じゃあここまでにしとくか……。

 まずな、寒山と拾得を並んで掛けてあったろう? これを逆にすると、身内に不幸が起きる。大掃除なんかのときには注意を払わねばならん。

 寒山の右目と、拾得の左目がまれに閉じていることがある。そうなってから一週間以内に、身内に不幸が起きる。

 寒山の左目と、拾得の右目が閉じていることがある。そうなってから一週間以内に、身内に不幸が起きる。

 不幸ばかりだって? そうだよ。ただ……いや、違う。おいおい、そうじゃない。そんなわけない。別に年がら年じゅう不幸に見舞われてるわけ、ないだろう。何をいってるんだ、おまえは。うちだって、だいたい年齢順に亡くなってるよ。

 ただ、不幸がある前に知らせてくれるってこった。

 最近は医療の方が追いついてきたけどな、医者が余命三か月とかいっても「必ず一週間以内」には負ける。

 ずいぶん昔には坊さんを呼んで、お経をあげてもらってたんだけどな、そのうち坊さんが気味悪がってこなくなった。その坊さんももう死んでるけど。いや、掛軸とは関係ない。ありゃあ寿命だろうな。

 いや、わかるよ。ニヤニヤした顔つきとか、目つきとか、確かに気持ち悪いかも。現に小さい子が見るたび、必ず泣いてるもん。

 この家って古いばかりで、部屋はたくさんあっても実際のところあまりいい部屋ってのは、ないんだ。

 それで寒山と拾得の掛け軸の掛けてある部屋で、誰かが寝ることもある。親戚が集まったときや、お祭りの当番にあたって会議を開いたときなんかにな。

 でも、あまり寝られないらしいな。小さい子供がふたり、布団のまわりを走りまわる。枕を突然、抜かれる。身体の上に乗っかってくる。起きたときには畳の上にいて、布団は畳まれていたってこともあったな。

 座敷わらしが掛軸に憑いてる、なんてやつもいたが、ありゃ家に憑くもんだろう。掛軸には憑かんのじゃないのか? じゃあなんだ、水子の霊か? どっかの子供の霊か? そんなの考えたって結論は出ないんだし、結論めいたもんが出たって、ただそれで納得できるってだけの話だろう。

 ずいぶん遅くなってきたな。酒なしで、こんな時間までよく話したもんだ。

 あんた、どこに泊ってるの? ……ああ、そりゃまたずいぶん遠くに宿をとったもんだ。バスはもうねえな。車で送ってくか、タクシーを呼ぶか。

 どうせ晩飯食ったんだし、遠慮することないさ。

 なんなら、泊まってくか? ちょっとこれから、晩酌につきあってもらってさ。

 寒山拾得の間、あいてるぜ。

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2019/09/10

記憶

百物語 第八十八夜

記憶


※怪談です。苦手な方はご注意ください。






 今日は平成二十八年十月三日です。

 カレンダーを見ても、スマホでも、今日は十月三日です。

 でも私には、信じられないんです。今日はええと……八月三十日のはずなんです。

 どうしたらいいんでしょうか?

 出勤するんで歩いている途中、急に立ちくらみがして、気づいたらじぶんの部屋のベッドの中にいて……その日は八月二十一日だったはずなのに、起きてみたら九月二十四日だった。

 それから九日たつんですが、違和感がぬぐえません。いいえ、違和感どころか色々なものがおかしくなっていたんです。一か月くらい寝てたんではないんです。会社に行ってみても無断欠勤なんていわれなかったし、いつもどおり出勤してきた、という感じで、同僚が仕事のわりふりをしてきたり、資料づくりを頼まれたりしました。

 でも、会社は食品系で私は事務職だったのに、変わってしまっていたんです。会社が予備校になっていて、私はそこで働いていることになっていた。

 働いている人の姿や格好は変わりないのに、やってる仕事がぜんぜん別なものになっていました。倉庫だったところが、パーテーションでくぎられて教室になっていたくらいで、書類棚や複合機の位置や、机の配置は同じでした。ただ若干、私の記憶と違うところもありました。偉そうにしていた人が腰を低くしていたり、知らない人がひとりだけいたりしました。

 当然、その会社の仕事のことなんて、ぜんぜんわかりませんから、ミスはするし、人に聞きまくるしで、その日のうちにみんなの見る目が厳しくなっていました。これまでしてきたことなのに、なんで新入社員みたいなことばっかり、してるんだ……そう、顔に書いてありました。

 翌日から仕事は休んでいますが、もうだめでしょう。近いうちに退職するつもりです。

 ところで、赤飯に紅ショウガが入っているのって、ずっとですか?

 たくあん漬けが入っていることが、圧倒的に多いと思っていたんですが……。

 あと、十月の十五夜って、お雑煮を食べるんじゃないんですか?

 十月に入るころからスーパーやコンビニで、お雑煮用の食材の売り出しをするはずなんですが……。

 そうですか……いえ、そうだとしたら、私がおかしいんですね……。

 これまで生きてきて、記憶してきたことが今、ぜんぜん通用していないんです。ほんとに、どうしていいのか……。

 だいじょうぶです。じぶんの名前や家族や、親しい人なんかは私の思っている通りでした。

 ただ、私の記憶の中では父はもう少し老けていて、母はもっと若々しかった、というのはあります。友人のひとりの学歴とか、また別な人の住所が違っていたり、というのもあります。そういう細かいところは異なっていますが、だいたい私の記憶と同じです。

 私、ただの記憶障害なんでしょうか……脳に、記憶中枢なんかに、疾患があるのかも。

 それにしたって、本人の習慣にかかわるものまで、認識を変えてしまうくらい影響が出るんでしょうかね。現にこうやって、ふつうに人と話をして、座っていられるし、立って歩いてここまできたんだし……。

 出勤途中で立ちくらみがした、あの日の朝にもどりたい。

 切実にそう願っていますよ。ほんとに。

 ところで、日本は昭和二十年、戦争に負けたっていうのは本当なんでしょうか?

 私は勝ったと学校で教わったんですが……。

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2019/09/09

鬼籍の歌声

百物語 第八十七夜

鬼籍の歌声


※怪談です。苦手な方はご注意ください。



 インディーズバンドが流行った時期にさあ、ちょうど音楽を聴くようになったっていったら、それで歳がバレるね。

 俺は音楽の才能がなかったから聴く専門だったけど、高校生の頃って、バンドを組んでライブするってよくあったわな。うまいのもへたなのもいたけどさ、俺の同級生でひとり、とんでもないのがいたんだ。

 やつの才能は、声さ。

 テレビやラジオなんかで聴くプロのミュージシャンの、誰にも似ていなかった。甘い感じの声でもないし、高音がすごく伸びるわけでもない。うまい歌手の声を「天使の泣き声」とか「百年に一人の美声」とか、よくいうだろう? そういうのではなかった。

 だいたい、ふだんしゃべってても、いい声だとは思わなかった。べつに教科書を読めっていわれて読むときは、ごくふつう、われわれ凡人と同じ。

 でも、これがステージで歌いだすとさ、オーラを出すというのか、圧倒的な雰囲気を醸しだすというのか、プロ顔負けなんじゃないかってくらいだったんだ。今の若いやつなら「ヤバイ」で済んじまうだろうけどな。

 高一の秋に、一回飛び入りでライブで歌ったときにはさ、あまりの存在感にみんなシーンとしちゃって。歌が終わっても、誰も拍手しなかった。

 それくらいのやつだから、こいつをヴォーカルにしたいってやつはたくさんいたんだが、やつは首を振らなかった。

 表向きは謙虚なこと、いったんだよ。俺の歌なんてとても、とか。音程とれないから、とか。

 かえってイヤミに聞こえたがな。

 まあ、学校祭を境にして、だんだんバンド組んでどうこうってのは下火になったから、高二のときまでは、やつはそんなことをいって何とか断っていたんだ。

 そして高三の学校祭。最後の年だからって、やつを誘おうとしたのが、やっぱたくさんいたんだよ。

 で、やつは「条件つきで歌う」って、あるグループにいった。

 あるグループって、同じクラスのやつらさ。別に技術がすごいやつらじゃない。ギターはFがちょっとでないときがあったし、ベースはそこそこなんだが弾いてる姿はまるで耳なし芳一だったし、まあイロモノみたいなもんでね。

 なんでそんなバンドで、っていうやつはいたけど、同じクラスだからってんで、あきらめてたな。高校生だから、こんなんで済んじまうんだな。社会人ならこうはいかんだろう。

 それはともかく、やつの条件てのは「この曲をしょっぱなにやる。これを完璧にマスターしたら、持ち時間いっぱい、最後まで歌う」ってもんだったんだ。

 じぶんで作曲したらしいぜ。

 おっかしな曲だったんだ、これが。練習してるのを聴いたら、ど素人がつくった曲だって、すぐにわかるような。

 前奏があって、Aメロがあって、Bメロが、サビが……なんてもんじゃない。そんな区別がまるでない。ワーグナーとか、YMOみたいに無限旋律でだんだん盛り上げていくって感じでもない。

 とにかく変なんだ。不協和音はないのに、聴いてるうちに頭が痛くなってくるような曲だった。そこへきて、ヘボいメンバーだろう? 本番のとき、どんなふうになるんだろうって心配するくらいだった。

 おまけに、やつは当日まで、ほとんど練習に参加しなかったようだ。バンド仲間はとにかくいっしょにやってほしかったわけだから、別に文句もいわんかったってさ。ふらっと現れて、練習してるようすを見て、すぐに帰る。

「しっかり演奏してくれよ。譜面には歌詞がないけど、おれがちゃんと歌うから」とか何とか、いって。

 ああ……やっぱ、最後まで話さなきゃならんよね。

 学校祭当日……平成二年七月八日。日曜日で、一般公開の日だった。

 ステージに現れたやつは、さすがに違った。いや、制服で現れたんだよ、これが。初めはまさか、と思った。でも、これから歌を歌うって雰囲気からして、もう全然ふだんとは違う。

 芸能人の持っている雰囲気に近いんだけど、またちょっと違う。いったい、これからどうなっちまうんだ、というような落ち着かない何かがあったんだ。

 やつはステージ中央に進み出ると、バンド名とメンバーの紹介をしてから、こういった。

 「それじゃあ一曲目、『トミノの地獄』をやります」

 演奏はまあ……高校生がそれなりに頑張ったな、という感じだったような気がする。最初の曲で緊張していたかもしれない。いや、実は演奏の方なんて、ほとんど憶えていない。

 やつのつくったステージの雰囲気にな……もう、圧倒されちまって……まるで、タイトルどおり、地獄に迷いこんだみたいになってたんだ。

 俺の周りにいるやつら、実は亡者なんじゃないかって疑うくらいだったし、死臭がただよってくるようだった。

 やつの歌う声じたい、ひさしぶりに聴いたんだけど……何かにとり憑かれてるんじゃないか、ってくらい禍々しさ、いまいましさ全開の声だった。なのに、なぜかずっと聴いていたいような気がした。逆に耐えきれなくなったのか、気分が悪くなったやつもいたようで、途中でどこかへいっちまうのも、けっこういた。

 それに比べれば、二曲目以降はまともだった。あろうことかドラムがメロディーから取り残されたり、シンセの音がときどき変だったりしたけど、ふつうに聴けた。

 だいたい他のメンバーのやつら、よくあんな変な曲を熱心に練習したな、やつの声で、よくおかしくならなかったな、って感心したよ……って、これもあとになって思うことで、二曲目以降もあまり記憶に残っていないんだ。なんせ一曲目のインパクトが強すぎた。

 ああ……青春の時期のある一瞬の輝き、そんなもんだったのかな。やつにとっては。その輝きが強すぎた。輝きすぎた。

 うん。やつはね、もうこの世にはいないんだ。

 学校祭の次の日、自殺しちまった。

 あんな曲を作ったから……いや、どうかな。あんた、知ってたか?

『トミノの地獄』を音読した人間は死ぬ、って。西條八十の詩さ。調べてみたらすぐわかるよ。

 いやあ、そんなの偶然かもしれないと思うけどさ、おれも。

 やつは『トミノの地獄』を歌詞として曲を作り、歌った。朗読とは違うが、そのあたり、どうなんだろう。とにかく声に出したらだめなんだろうか。

 結局やつは、遺書も何も残さなかったし、なんで死ななきゃならなかったのか、わからない。

 今となっては、体育館のような音響のよくない場所で歌った、やつの才能を惜しみたい気持ちはあるんだよね。そう、今でも。

「啼けば反響(こだま)が地獄にひびき、狐牡丹の花がさく」

 ここんとこの、やつの声がさ、三十年たった今でも耳から離れないんだ。

 今でもその声を思い出すとさ、絶望して泣けてくるんだ。

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2019/09/08

四百年ぶりの男の子

百物語 第八十六夜

四百年ぶりの男の子


※怪談です。苦手な方はご注意ください。



 うちの実家はちょっと変わっておりまして、本家では絶対に男が生まれなかったんです。

 分家や親戚筋から婿養子を入れて、それで代々やってきました。たいした家じゃないのですが、家系図は江戸時代初めからのものになっています。つまり四百年くらいずっと、男の子が生まれなかったんです。

 正徳年間、本家の奥さんが……といっても、私の先祖のひとりですが……妊娠中に精をつけるといって、牛肉を食べたことがあったんです。すると、頭に牛の角の生えた女の子が生まれた。

 おかしいでしょう? 江戸時代のことですから、仏教の影響もあって獣の肉はまず食べませんけれども牛の角が生えるなんて、まるでおとぎ話です。私は頭蓋骨が変形した子だったんじゃないか、と思っているのですが、その女の子は人として育たないだろう、ということで、かわいそうなことに殺されてしまったといいます。

 それ以来、男の子が生まれることがないんだ……という言い伝えなんですが、どれくらい信憑性があるのか。とにかく私の実家では、男の子がこんなに長期間、生まれなかったことの説明として、こんなことを申しております。

 それに、江戸時代初め、家系図にのっている初代は確か延宝二年に亡くなっているんですが、そこから牛の角のある女の子が生まれるまで約三十年です。その間に男の子が生まれなかったことの説明には、なっていません。当時はその三十年、偶然で片づけられていたのかもしれませんが……。

 最初に「絶対に男の子が生まれなかった」と申しました。「生まれなかった」は完了ではなく、過去の意味です。つまり、最近になって……四百年ぶり、そう、四百年ぶりに、本家で男の子が生まれたんです。

 はい、はい……仰るとおり、みんな耳を疑いましたよ。

 だいたい、エコー検査でも女の子ってことになっていましたし、母親の顔も優しくなったから子供は女の子だろうって、いっていましたから。もちろん、誰もいいませんが心の中では「男の子が生まれるはずがない」と思っていたんでしょう。

 幸いなことに、その子は元気で生まれてきたし、牛の角を生やしてもいませんでした。

 しかし、私は思うのです。

 もしかしたら、この家はもう終わりなんじゃないだろうか、って。

 この子には本当に悪いのですが、何といっても四百年ぶりに生まれてきた男の子です。絶対に何かよくないことが起きるのではないかと……。
 
 そう危ぶんでいたところ、この子がことばを発するようになりました。

 アア、アア、とか、ダー、ダーとか、まあ喃語ですね。

 そしてつい先日のことなんですが、この子が急に大人のような口調で、叫んだんです。

「××だから、逃げろ」と。

 さすがに勘弁してください。××の部分は……災害の一般的な名称だと思ってください。

 はい……そうですよ。××とは、アレです。そのとおりなんです。

 そして、その××が次の日に起きた、というわけなんです。

 ……とても信じられないでしょうね、こんな話。はい、信じてもらおうと思って、うちあけたのではないですし、知っているとおりに話しただけで。

 またこんな予言めいたことを、いうのではないかと思うと気が気じゃないのですが……。

 ただ、これだけはいっておきます。私がその子を産んだんですから、まちがいはありません。

 その子の母親なんですから。

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2019/09/07

盤面を覗くもの

百物語 第八十五夜

盤面を覗くもの


※怪談です。苦手な方はご注意ください。


 少し前に囲碁を題材にした漫画が流行して、アニメにもなりましたね。

 その頃、僕の家は地獄だったんですよ。

 ああ、いえいえ……そうあんまり質問しないで。順番に話しますから、落ち着いてください。

 囲碁のせいなんです、これは。囲碁のせいで、まるで地獄のようだったと。

 我が家にある古くからのいい伝えで、決して囲碁をしてはならぬというものがありましてね。

 こうして口に出すのはまあいいとしても、碁盤や石はもちろん、囲碁のことが書かれた本などを家の中に持ち込むと、きっと悪いことが起きるって。

 両親から、何度もそう聞かされたんですよ。

 絶対ダメ、囲碁に関するものは、いっさい触れちゃいかん、て。

 囲碁を題材にしたその漫画が流行った頃は、友達の中にも、コミックを持ってる人がけっこういました。

 でも、僕には読むことができませんでした。

 いえ、学校でいちどだけ読ませてもらったことがあるんですけど、それだけで家に帰ってすぐに僕、倒れちゃいましてね。

 高熱は出るし、腹の具合は最悪になるし、意識がとぎれとぎれになるしで、救急車で運ばれました。

 それで結局、入院することになったんです。

 お医者さんの診立てでは風邪をこじらせただけってことでした……ただ、これが囲碁に関わったせいだって、両親にはバレましたよ、すぐに。

 症状を見たら分かるっていうんです。

 父も母も、いちどは同じ目に合ってるわけです。そのとき初めて聞いたんですが。

 正直、それまでは半信半疑……いえ、むしろ全く信じてませんでした。

 あなたも信じてないでしょう? 僕じしん、今なお信じてないのかもしれません。

 ただ、少なくともあんな目にあうのは二度とゴメンです。

 だから、それ以来、僕は囲碁に関わるものから極力、離れることにしています。

 前置きが長くなりました。

 じゃあ、古いいい伝えってなんだ? っていうのが、僕の話そうと思ってたことです。

 僕の実家はもともと山梨にありました。

 ご先祖様というのは旗本で、江戸と甲府を往復していた……今でいうと転勤ですね。

 それで、明治維新のときたまたま山梨にいて、そのまま住みついたと聞いています。

 甲斐国は将軍のお膝元に近いですから、江戸時代の半分くらいは天領……直轄地の扱いです。

 だれか大名が入るにしても、将軍の親族ばかりです。

 直轄地のときには、僕の先祖のように旗本が派遣されるわけですが、派遣される方にとっては栄転ではなかったようです。「山流し」なっていってね、できれば遠慮したい役柄だったそうです。

 あまり素行のよくない者が自然に集まってたんです。たぶん、僕のご先祖様というのも、博打にハマッてたり、酒乱だったりなにか問題を起したのかもしれませんね。

 幕末、国内の情勢が不穏になってきた頃のことです。

 万一、このあたり一帯が戦場になったときのために地勢を調査する……と、ご先祖様の上役が取り決めました。

 おれは甲府の町内を調べる、じゃあおれは近隣の里をまわる、釜無川の流れの具合と水深を見てくる……と、みんなで手分けしました。

 そのときご先祖様は、郡部の山々の調査を押しつけられましてね。

 各地をめぐって、山の姿を絵にしたり、土地の人にその山の特徴を聞いたりしたそうです。

 山梨という名前の逆で、周囲みな山ですからね。調査が長期にわたったのは、いうまでもありません。

 あるとき、雨畑山という……南巨摩郡に今もある山ですが、これに登ろうとした。

 でも、中腹までたどりついたところで、雨が降りだしたんです。

 足元が悪くなりまして、これは危険だっていうことで、中止して降りてきた。

 それでふもとの寺で、休憩させてもらった。

 お茶を飲んでからこれまでに描いた絵図をまとめはじめ……それが終わっても、いっこうに雨の止む気配はありません。

 他に、これといってやることはない。

 ご先祖様のそんなようすを見て、和尚さんがいったんです。

「拙僧、御仏に仕える身でありながら最近碁に夢中でして……もしおやりになるんでしたら、どうですか、一局」

 ご先祖様、ちょうど暇を持てあましてたところですから、否も応もありません。

 さっそく碁盤が出てくる、碁笥が運ばれてくる、石を持って、ペチペチ打ち始める。  

 実力の程は、両者ほぼ互角だったようです。勝ったり負けたりをくりかえして、もう一番、もう一番とつづけてゆくうちに雨があがって夜になったんですけれども、おもしろくて止められない。

 食事を、食事をと小僧さんになんどもいわれて、しかたなく中断、夕食をとったあと勝負を再開しました。

 なにかに憑かれてるようですよね。夢中になってるときって、ひょっとしたら、なにかに憑依されてることが多いのかもしれません。

 こうして深夜に及び、盤上で一進一退の攻防がくりひろげているうち、ご先祖様がふと気づきました。

 背後にだれかが立っている、と。

 そのだれか、盤上に石が置かれるたびに、フン、フウ……と息を吐く。

 草いきれに似たにおいがする。

 和尚さんが石を置いて、いいました。

「気になさることほどのものではござらん。そのうち消えようほどに」

「ほう。さようなもんですかな」

 ご先祖様が石を置く。うしろのなにかが、フウーッと息を吐く。

 それが耳にかかって気持ち悪かったけれども、とにかく盤面に集中することにして一局を終えました。

 一息入れて、この勝負はここがよかった、あそこは悪かったといい合っていると、いつのまにか背後の気配がなくなっている。

「あれは、なんだったのですかな」

「囲碁を打ってると、たまに出てくるのです。なんでも武田信玄の時代に、朋輩に妬まれて失脚させられた武将だと聞いております」

「そんな昔の人が……」

「この近辺に引き籠もって、寂しく晩年を終えたそうです。まだ迷ってるんでしょうな」

「お経を読んでも……」

「いっこうに効き申さず。拙僧がこんなに碁にのめり込んだのも、やつのせいかもしれません」

 和尚さん、そういって笑ったそうです。

「だいたい、碁が好きなら、いたいだけいればいいと思っとりますからな……ときに、貴殿ももしや、朋輩に妬まれてることはござりますまいな」

 ご先祖様が黙っていると、

「あれはそうそう頻繁に現れるもんじゃないので……石を持っていたとしても、年に一、二度。公用とはいえ、こんな辺鄙なところにいらっしゃるんですからな、察しがつくというもんですわい。貴殿がお呼びになったのかもしれぬ」

 相変わらず両者の星はほぼ互角だったのですが、もうふたりが打つことはありませんでした。

 それが出たらグッと弱くなってしまうから……というのが和尚さんの言い分でした。

 翌日、ご先祖様は無事に雨畑山の調査を終えて、つぎの土地に向かいました。

 そこでやっぱり土地の人と囲碁を打つ機会があったのですが、また背後に例のなにかが現れて……こんどは全く盤面に集中できず、惨敗しました。

 ハンデをつけてもらって……これは、じぶんの石を最初に置くんですね。囲碁は陣取りゲームですから、最初にある石が多いほど有利なわけです。

 でも、やっぱり惨敗しまして。ちっともおもしろくないから、止めることにしました。

 その晩……高熱が出て腹の具合も悪くしたっていって、ご先祖様は布団の中でウンウン唸ったそうです。

 ええ、それからなんです……囲碁をするたび、それが現れて、体調を崩すようになったのは。

 それでも好きですからね、だれかと実力を競うことはとうとうあきらめることにしたんだけれども、詰碁、定石、棋譜などの本を読んで我慢することにしたんです。

 ところが、本を読むだけでもダメだった。熱が出てうなされることには変わりがない。

 結局、ご先祖様は囲碁に関係するものをすべて処分しました。

 ええ、お察しのとおりです。そのご先祖様ばかりでなく、その子、孫……と遺伝してしまって、いま僕がここにいるってわけです。

 そうそう、ご先祖様は囲碁が好きだったわけですから、そもそもの原因となった寺にまた行ってみたんですよ。

 なにかもとの状態にもどす手がかりがないかって、ね。

 しかし、どうしてもその寺にたどりつけなかったという話です。

 もしかすると、背後に立っていたそれと、この話の和尚さん、実は同一人物だったのかもしれませんね。

 憶測に過ぎませんけれども。

 ああ、ありがとうございます……心配してくださって。

 この話をするくらいなら、だいじょうぶですよ、たぶん。これまで、なにもありませんでしたから。

 人間、できないとなったら、してみたいってなるじゃないですか。

 ですから、ちょっと囲碁をしてみたいって気持ちも、いまだにあるんですけれどもね。

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2019/09/06

部屋探しの兄妹

百物語 第八十四夜

部屋探しの兄妹


※怪談です。苦手な方はご注意ください。



 わたしの兄貴がこの春、大学に進学したのね。

 東京の大学。

 それで、アパートを借りることになったの。

 通おうと思えば通えるんだけど、パパ、ママにムリいってね。

 でも、わたしの兄貴って、どっか抜けてるのよね。

 引っ越しもするんだし、早く部屋を見つけた方がいいんじゃない? 
 ……って、ママは何度もいったんだけど、兄貴はハア……って感じで、ぜんぜん聞いてない。

 忙しくもないのに……むしろヒマを持て余してるくらいで、毎日ダラダラしてたってのに。

 うん、ネトゲを夜遅くまでして、たまにわたしと顔を合わせててもスマホをいじってるとこしか、見たことなかったよ。

 探し始めたのはね、三月も終わりになってからよ。

 それで、なにがそんなに怖いのか、なぜかわたしに、いっしょに探してくれっていう。

 貴重な春休みが最低半日はつぶれる、いやだっていったの。

 でも、ママに説得されてしまって。

 しかたないから朝早くに兄貴を叩き起こしてね、東京に行ったの。

 乗り換えなしで行けるから大江戸線がいい。

 江戸情緒の残ってるところがいい。

 ……なんてね、着いてからいうのよ。

 アホ、いうのが遅いわ!

 わたし、腹立ったから帰るっていったんだ。

 でも、ひとりで探せばいいってのに、なぜか帰らないでくれっていう。

 しばらく駅のホームでやり合ったんだけど、結局わたしが折れてね。

 ママにお小遣いもらっちゃったし。

 ベンチに座って、兄貴のスマホ奪ってあれこれ検索してるうちに、森下ってとこがいいなって思ったの。

 なによりもまず、兄貴の大学に近い。

 あと、昔わたしが密かに憧れてた先輩の苗字と同じだったってのもあるんだけどね。

 さて森下に着きました。

 さあ、不動産屋さんに行こうって歩きだしたら、そこで兄貴がまた……。

 ちょっと、どんな街か歩いてみる……といいだしたの。

 そんなの、部屋紹介してもらって、下見に行くときでもじゅうぶんできるでしょ?

 そういっても、聞かなかった。

 勝手にスタスタ歩いてくんだもん。しかたないから、あとについてったの。

 兄貴、歩きながら、フンフンいいな、うん、いい……なんて、ひとりごといいつづけてるから、ちょっと離れてたんだけどね。

 で、ほんとに小さい路地の入口で、突然立ち止まってね、ああ、この雰囲気いいねえっていう。

 わたしが追いついて見たところ、ちょっと暗い雰囲気。

 なんだか陰気だなあって感じたんだけど、本人が気にいったんなら問題ない。

 それに、早く駅前にもどって不動産屋さんに行きたい。

 いったん駅に戻ろうよ、もういいでしょ?

 わたし、そういったんだ。

 そしたら兄貴がね、おい、あれ見ろよ、という。

 左手のボロアパートの窓に貼紙があって、入居者募集、大家って書いてる。

 電話番号もある。

 ああ、ここがいいの、ここが決めなよっていったの。

 そしたら兄貴は、うんと答えて電話をかけた。

 話はほんの数分で終わって……大家さん、このアパートに住んでたのね。

 さっそく訪ねて部屋の鍵借りて、下見することになったのよ。

 建付の悪いドアをゴリゴリ開けて、中を覗いてみたら……暗くてよく分からない。

 なんだかジメジメして、カビくさい。

 わたしだったら絶対願い下げだよ、こんな部屋。

 それでも、中に入ってみた。

 わたしからすれば、ここで即決してもらえるとありがたいからね。

 玄関にはスリッパなんてなかったけど、土足で上がるわけにもいかない。

 ああ、靴下汚れちゃう、なんて思いながらね。

 顔を見たら兄貴、なんだか渋い顔になってる!

 無理やりその背中を押して……入った瞬間。

 悲鳴があがったの。うん、そうよ。悲鳴をあげたのは、兄貴。

 キャーッて、女の子みたいな悲鳴だった。まったく、情けないったら、ありゃしない。

 で、そのままかたまってるから、わたしも橫から中の方をのぞいてみたの。

 なになに、なんなのよ……。

 そしたら、いたのね。部屋のほぼ中央に、婆ちゃんがちんまりと座ってた。

 わたし、大家さんの関係者かと思ったのね。たまたま掃除しに入ってきただけかなって。

 でもさ、鍵はかかってたんだし……いや、建付悪かったから、本当はかかってなかったかもしれないけど。

 でもでも。掃除したっていうんなら、汚すぎる。

 これから掃除するにしても、なんで正座してじっとしてるの? どう考えても変でしょ?

 それに……婆ちゃんのうしろには、鏡台があったの。古い、古い鏡台。

 鏡なんかうっすらと膜がかかってるし、引出にはってある板がペラペラめくれてる感じの、古い鏡台。

 昼間ってのに、部屋の中は暗くて……婆ちゃんも鏡台も、まるで闇の中から浮び出てきた感じだった。

 その鏡に写ってたのは、婆ちゃんなんだけれども……ニマッと笑ってるの。

 ううん。婆ちゃんは、わたしと兄貴の方に身体が向いてるのよ。

 本来、写ってなきゃならないのは、婆ちゃんの頭のうしろなのよ。

 なのに、鏡にあるのは婆ちゃんのとびきりの笑顔。

 ん? ああ……とびきりの笑顔って、変かな。

 わたしはそんなの見ちゃったから、もうダメだって回れ右して外に出たの。

 兄貴……ううん。知らない。どうやって出たのかな。

 気づいたときには、わたしの足下に転がってて、目が、目が……って叫んでた。

 目がどうしたのよ、ちょっと! しっかりして!

 そしたら、まぶしいって……暗いところから急に明るいところに飛び出したんだから当たり前よ。

 おおげさだっつうの、まったく。アホよね。

 そこそこ兄貴の眼が回復するのを待ってから、大家さんのとこにまた行ってね、変な婆さんが出るから止めます! っていったの。

 そしたら大家さんが、

「へえ……昼間でも出ますか」って。

 いやいや、そういう問題じゃないよね?

 今思い出してみても、なんだかズレた人だったなあ……。そう思いませんか?

 でも、これ以上、関わり合いになりたくないから、なんにもいわず、なんにも聞かずに帰りました。

 結局、鍵返すの忘れちゃったんだけど……あの部屋のドアにささったまんまだろうから、そのうち気づくでしょって、逃げてきたの。

 兄貴の部屋はその後、パパの知り合いの不動産屋さんに見つくろってもらって、無事に決まりました。

 それがまた、森下の駅近くのアパートなのよね。

 江戸情緒の残ってるところがいいって、やっぱり兄貴がいったらしいんだけど……他に、いっぱいあるでしょうに。

 浅草でも根津でも、巣鴨でも……。

 なのに、なぜかよりによって森下。ま、偶然でしょうけど……。

 あ、そうそう……その婆ちゃん、けっこう大家さんに似てたような気がするの。

 きっと、母親か、おばさんか、祖母か……血のつながりがあるんじゃないかな。

 そんな気がする。

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2019/09/05

ニホヒノフシギ

百物語 第八十三夜

ニホヒノフシギ


※怪談です。苦手な方はご注意ください。


 コウドウって知ってるか?

 香道……カオリのミチ、と書く。

 お香をたいて、それを嗅ぐ……ああ、嗅ぐなんてホントはいっちゃいけないんだ。

 お香は「聞く」もの。

 おれのおばさんが熱心でな。嗅ぐなんていっちゃ怒られるんだ。

 その、お香を「聞く」……これが大きく分けてふたつに分かれる。

 お香を聞いて「ああ、いいですね」と鑑賞する。つまり、ただ聞くだけだな。

 もうひとつは、そのにおいを聞いて、なんのにおいか当てるというもの。

 たくものはカオリのキと書いて、香木という。

 たまにおばさんがたくのをおれも聞くがな、なんともすばらしいにおいなんだぜ。

 鼻ですうーっと吸い込むと、えもいわれぬ……なんともいいがたいにおいが、身体の中へ中へと少しずつ広がってゆく。

 日頃のストレスなんてブッ飛んじまって、だんだん気持ちよくなるんだ。

 いちど、機会があったらやってみろよ。

 薬物じゃないからよ、変なことはないし……って、こんなこというとまたおばさんに叱られるか。

 チッ……なんだよ、そんな顔して。

 おれがいうことばにゃ、説得力がないって?

 ま、信じないでもいいさ。いっぺんお香を聞いてみたら分かるんだから。

 おばさんていうのは、オフクロの姉だ。

 バアサンも……オフクロの母親の方な、このバアサンもちょっとは齧ったらしい。

 どうもおれの母系の方に、代々香道をやってる人がつづいてるようなんだ。

 バアサンの母、これはつまり、おれにとってはひいバアサンだな。

 ひいバアサンの母、これは高祖母。

 母、母の母、母の母の母と……こんがらかってくるが、とにかく女の方に香道やる人が出る。

 いや、香道ってのは、べつに女性に限るんじゃない。

 男子禁制ってわけじゃないんだ。

 よいにおいを聞く、聞いてなんの香木かを当てるっていうのは、あまり男性的とはいえないかもしれないけどな。

 おばさんがついているお師匠さんのところへも、けっこう男が通ってるって話だ。

 とはいえ、お師匠さんていうのも、おばあちゃんらしいんだけどな……。

 それで、つい先日のことだ。

 稽古中に、お師匠さんがいったんだ。

 珍しい香木を手に入れたから聞いてみましょう、ってな。

 ああ、おばさんもそこにいた。

 ふつう香木ったら、伽羅、沈香、白檀……。

 ま、これが御三家だ。

 上物の伽羅なんて、聞いた瞬間にブッ飛びそうになるんだぜ……いやいや、こりゃいかんな。

 こんないい方。おばさんに叱られる……伽羅の上物なら、一グラムで軽く五万くらいはする。

 沈香や白檀ならうんと安いけれども、週にいちど集まって、においを聞く連中だぜ、もう鼻が慣れてしまってる。

 おばさんはな、てっきりこれは伽羅の上物だって思ったそうなんだ。

 お師匠さんがその香木とおぼしきものを懐から出して、

「貴重なものだから、心してお聞きなさい」

 そう注意して、香炉の中に香木をおいた。

 えっ? なんだって?

 おいおいおい、かんべんしてくれよ。

 線香じゃないんだから、直接火をつけるんじゃないんだ。

 いくつか方法があるが、基本はあらかじめ炭をおこしておいて、それを埋めるんだ。

 炭っていっても、タドンのことだからな……念のため、いっとくと。

 で、その上に銀葉っていうもんを乗せる。こりゃあ、雲母でできてるそうだ。

 こんな下準備をしてから、初めてその上に香木を乗っけるんだ。

 ああ、香木ってのは……ウッドチップってあるよな? あれくらいの大きさに切ってある。

 刻んでもっと細かくしたもんもあるけどな。

 さて、お師匠さんがみずから香木を灰の上にのっけた。

 なんともいえぬ芳香が、ほんのりと立ちのぼるはずが……。

 おばさんには、全然いいにおいじゃなかったんだ。

 ああ、むしろ変なにおいだった。

 てっきり伽羅の上物だと思ってたんだからな、その落差たるや推して知るべし、さ。

 苔がくさったような、古い家のカビやホコリが混じったようなにおいって、いってたっけ。

 おばさんが周囲を見ると、みんなうっとりしている……どれもよく知ってる顔だったからな、「ああ、これって本当はいいにおいなんだろう」ってことは分かった。

 さすがに、お師匠さんが貴重なものっていうくらいだからな。

 うん……おばさんは、じぶんの鼻がどうかしたって思ったんだ。

 回りはなんともないんだからな。そう思うのもわけはない。

 ただ、香木をたいた香炉がな……まわってくるんだよ。

 ふつう香を聞くときは、そうなんだよ。茶道の茶碗のように、香炉が順ぐりにくるんだ。

 で、ひとりずつ香を聞く。

 どうしよう、と思った。

 ひとり目の弟子が聞き始めると、香炉が近づいたからだろう……いっそうひどいにおいに感じられる。

 直接聞いたら、吐いてしまうかもしれない。その前に中座するべきだろうか。

 いや、そんなことはできない。お師匠さんがさっき、心して聞くよう申し渡したばかりではないか。

 そうこう思い悩んでいるうちに、となりの人が香炉を受け取って二度まわし、持ち上げた。

 おばさん、絶体絶命なわけだが……どうしたと思う?

 あんたなら、くさいにおいがするときって、どうするよ?

 ああ……そうさな。それが妥当なとこだろう。

 常識的なセンだ。

 おばさんも、現にそうした。

 香炉がじぶんの膝の前にまわってきたところで、口でおおきく息を吸い込んだ。

 それで、息を止めたんだ。

 ……こうしてなんとかやり過ごして、香炉がお師匠さんとところへと無事もどった。

 この日のお稽古が終わってからも、みんな興奮さめやらぬ様子で、ああやっぱり違いますね、分かりますかなんていってた。

 おばさんも、そうですね、本当によい香りでしたこと、なんて話を合わせてた。

 おばさん、ずいぶん打ち込んでたからなあ、ショックだったけれども、鼻がどうかなったに違いないって。

 今晩は早く休んで、まだ変なようなら病院に行かなきゃならない……。

 帰り支度をしてたらな、引き上げたお師匠さんがもどってきたんだ。

 で、おばさんにちょっと残って、といった。

 ああ、やっぱりバレたかあ……なにいわれるんだろうって心配になった。

 みんな帰ったあとで、お師匠さんと向かい合って正座。

 叱られる覚悟をしていたんだけれども、お師匠さんがこんなことをいったんだ。

 変なことを聞くけれども、と前置きして、

「あなたのご家族の中に、サイパンで亡くなった方がいないかしら?」

 うん、確かにいるんだ。

 昭和十九年かな。サイパンが玉砕したのは。

 そのとき、バアサンの妹が亡くなってるんだ。

 この人、やっぱり香道をしててさ。おばさんのように、ずいぶん入れ込んでたそうだな。

「ええ、おりますが、それがなにか……」

 すると、お師匠さん、

「さっきの香木はね、サイパンに住んでる人から送られてきたものなのよ」

 おばさんは、はあ、としかいいようがない。

「その人、浜辺でこの香木を見つけたそうなのね。もちろん、サイパンの……ひょっとしたら、その亡くなられた方が、お持ちになってたものじゃないかしら」

「それはどうでしょう……分かりません」

 するとお師匠さんは笑って、

「さっきのあなたの反応を見てれば、すぐ分かるわよ」

 そういって、くだんの香木を渡されたそうだ。ああ、全部。全部さ。

 香木が見つかった浜辺で、バアサンの妹が死んだとなれば、ツジツマはあうけれども……実際のところ、本当かどうなのかは分からない。

 お師匠さんは、サイパンにいたおれのバアサンの妹が、香道を習ってたなんてことは知らなかったようだけれどな。

 ああ、おばさんはな……せっかく受け取ったっていうのに、たいたことがない。

 仮に親族の手に渡ったとしたんなら、いいにおいがしてもよさそうなもんだけどな、いまだにくさいっていってるんだ。

 おれも聞いたことが……いや、香炉でたいたわけじゃないから、ちょっと嗅がせてもらったってとこか。

 うん、そんなにすばらしいもんでもないけど、まあまあいいにおいだったよ。

 おばさんだけなんだ、くさいっていうのは。

 ん?……ああ、もちろん病院に行ったようだぜ。

 異状なんて、どこもなかったとさ。

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2019/09/04

呪いが雨

百物語 第八十二夜

呪いが雨


※怪談です。苦手な方はご注意ください。


 こないだお祖父ちゃんが亡くなったのよ。

 お葬式も無事すんでね、お祖父ちゃんの家にみんなで行って整理しようってことになったの。

 秋晴れのすがすがしい日で、わたしの家族だけじゃなくて、おじさん、おばさんの家族もいたし、いとこもいっぱいきて……十五、六人くらいはいたかなあ。

 業者さんを呼んで片づけてもらえば、お金を払うだけですむのよね。

 でも、それじゃあ何か必要なものがあっても、みんな捨てられちゃうってことになって。

 みんな貧乏性よね。わたしも人のこといえないけど……。

 お祖母ちゃんはもう十年以上前かな……ずいぶん前に亡くなって、それからお祖父ちゃん、ずっとひとり暮らしだったの。

 けっこう綺麗好きだったし、頭もしっかりしてたから家の中は片づいてました。

 入院中のチリやホコリはあったけれど、いつでも戻ってくることができるんじゃないかなってくらい。

 うん、そうね……お祖父ちゃん、自覚があって、できるだけ掃除しておこうって思ったのかもしれない。

 でもね、そんなに広い家でもないのに多いときで五人、何十年も住んでいたら、やっぱり訳の分からないものがあるものなのよ。

 これ、一回も使ってないんじゃないの? ってものが、いっぱいあった。

 使い古して、なぜか捨てられずに残ったものもね。

 基本的には、お祖父ちゃんの子供……つまり、わたしのお父さん、おじさん、おばさんの三人が、いる、いらないを決める。

 若手の男が、いらないものは庭の奥の方に持っていく。いるのは庭の手前の方。

 そんな感じで作業を進めていきました。

 女は台所やお風呂を片づける。それと、荷物が全部出た部屋の掃除など。

 こうしているうちにお昼になって、ごはんを食べているとき、ちょっと遅れてるから急ごうかってことになったの。

 せっかちなのは、だれの遺伝なのかなあ? みんな、あんまりのんびりしてなかったわね。

 ごはんを食べた人から、どんどん作業にもどったの。

 午後一番で、いとこのひとりがトラックを持ってきました。

 廃棄処分するものを、みんなどんどん詰めこみだして。

 いるものの方は、もうだれが持って行くかほぼ決まってるから、すぐに片づきました。

 三時過ぎくらいだったかな……家の中がガランとしたなあって頃に、おじさんが叫んだです。

「おうい。これ、どうすんだあ」

 わたしは台所で片づけしたり掃除したりしてたんですけど、その声ははっきり聞こえました。

 おじさんは庭に出ているようです。

 なんだかんだと声を掛けながら、二、三人が近づいていく様子。

 ……ところが、集まったきり、押し黙ってるようなのね。

 どうしたんだろう? って行ってみたら、おじさんが桐の箱を抱えているのが見えました。

 うーん……パッと見た瞬間にね、なんだか怪しげだなあって思いました。

 ううん。箱自体はまだ白くて、綺麗なもんよ。

 それが縦に長くて……一メートル以上はゆうにあったの。

 茶色い紐でぐるぐる巻かれてるんだけれど、これがちゃんと巻かれていない。

 ところどころ隙間があってね、いかにも適当な感じ。

 慌てて巻いたのかもしれない。

 しかも、びっしりとささくれていて、素手で触ったら刺さってきそうな感じ。

「刀かもしれない」

「いや、脇差じゃないの」

「それにしては軽すぎる」

 おじさんが、わたしのお父さんに箱を渡しました。

「うん、こりゃあ刀じゃないな」

「じゃあ、掛軸かな」

「とりあえず開けてみようか」

 いとこのひとりが、わたしのお父さんから箱を受け取って敷石の上に置きました。

 それからナイフでごりごりすると、すぐに切り終えることができて、縄もかんたんに箱から取り除けました。

 いよいよ箱のふたを開けると……その瞬間。

 ドバーッと、水が降ってきたの。

 うわあーってみんな叫んで、つぎつぎと家に入ってって。雑巾だタオルだって、しばらく大騒ぎしました。

 うん、雨、雨。

 雨だったの。土砂降り。ゲリラ豪雨……さっきまで晴れてて、動き回ってたら汗ばむくらいだったのに。

 秋の天気は変わりやすいっていうけど、あんまりよね。

 その一瞬のうちに、みんなけっこう濡れたんだけど、庭には家の中から持ちだしたものがまだたくさんある。

 当然濡れてもいます。

 雨の方はといえば、全然止む気配がない。

 これ、どうしようってことになったの。雨具なんて、だれも持ってきてないしね。

 すると、いとこがふたり、ここまで濡れたんならもういいや、って庭に出ました。

 それでひとりがね、さっきの桐の箱をごそごそして、

「中にあったの、これだった」

 いとこの手には、真っ黒な傘がありました。

 わたしも気になったので、バスタオルで髪をふきながら縁側に出てみました。

 女性用の傘だって、思いました。

 しっかりしたつくりのようだけれど、柄が小ぶりだし、ちょっと通常サイズより小さいようでしたから。

 あ、あと、デザインやかたちからすると、なんだか年代物のようでした。

 いとこは、その傘を開こうとしたんだけれど、なぜかこれが、開けない。

 なにかがひっかかってるっていうんじゃなくて、うんともすんともいわないっていうんです。

 壊れてるっていって、その傘を箱にもどして、ふたを閉めたのね。

 その瞬間……サアーッと雨があがったの。

 ほんとにね、ピタッと止んじゃった。

 みんなで空を見上げたんだけど、ほとんど雲のない青空。

 抜けるように高い空で、すがすがしい。

 なんなんだよ……って、またふたを開けて傘を取りだしたら……。

 ええ、そうなんです。雨がドドーッと。

 慌てて傘を箱の中にいれてふたを閉めたら、ぴたりと止む。

「この傘のせいで雨が降るんじゃないのか」

 いとこがいいました。

 でも、わたしは半信半疑だった。

 そんなことあるわけないでしょ、って庭に出て、ふたを開けて傘を出してみたのね。

 すると、やっぱりゲリラ豪雨並の雨が……もう、身体中あちこち叩かれてるみたいに痛いの。

 まさかそんな、なんていいながらも傘を閉まったら、やっぱり雨が止んで……。

 職人さんが一本、一本手づくりで、なんて感じもしなくて、むしろ大量生産の、どこにでもある傘だっていうのに。

 はあ、不思議なこともあるもんだ、でも雨は嫌だから閉まっておこうってことになりました。

 こうして騒いでいるところに、昼食後によそに出かけてたいとこが、帰ってきました。

 わたしたちを見て、ひとこと。

「あれ? なんでここだけ雨が降ってるんだ」

 お祖父ちゃんの家の敷地内しか濡れていない、っていうんです。

 そんな馬鹿な、って、いとこたちと門を出てみました。

 うん、そのまま。びしょ濡れのまんまよ。

 すると、家の前の道路は全く濡れていないし、向かいの家の木もカラカラに乾いています。

 そのまま一周したんだけれども……やっぱり雨があがったばかりって家はなかった。

 いとこのいったとおり、お祖父ちゃんの家だけが雨に襲われたようだったの。

 だれかが手に持つと、土砂降りになる傘……。

 お祖父ちゃんの可能性がいちばん高いけれども、今となってはだれが封印したのか分かりません。

 みんな、見たことがないっていうし……。

 それで最終的にこの傘は、おじさんが引き取っていきました。

「なんかつかい道があるだろうよ」って。

 全く、貧乏性なんだから。

 もっと広い範囲が雨になるんなら、マラソン大会とか球技大会とか、嫌な行事があるときにつかえそうだけどさあ……。

 昔話みたいに、そうそう日照りがつづいて飢饉になるなんてこともないんだし。

 じぶんの家だけに降るんだから、そうそうつかう機会なんてないんじゃないかな。

 うーん……どうだろう。

 いちどやってみますか? だれが持ってみても雨が降るかどうか。

 おじさんに話しておきますよ。おじさんの家、遠くないですし。

 案外、わたしの親族だけだったりして。

 ……って、そんな特殊能力、いらないんですけどね。

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2019/09/03

祖母現る

百物語 第八十一夜

祖母現る


※怪談です。苦手な方はご注意ください。



 お祖母ちゃんが亡くなって、十日くらいたった頃のことです。

 わたしは定期テストが近かったので、勉強していたんです。

 夜遅くまで……深夜、二時くらいだったかな。

 教科書の内容をノートをまとめてたら後ろで、ギイーッと、ドアの開く音がしたんです。

 わたしの部屋、二階なんです。ふだん、夜はわたししかいません。

 だれかが階段を昇ってきたら、足音で分かります。

 集中してたから気づかなかったのかな、だれだろうって振り返ってみたら、死んだはずのお祖母ちゃんが立っていたんです。

 生きていた頃よりも、かえって元気そうで、和服姿でした。

 いえ、死に装束ではありませんでした。ちょっと改まったときに着るような……はい、じぶんの着物でした。

 わたし、びっくりして……でも、疲れてるからかな、って、いちどノートの方を見たんです。

 幻覚かもしれないって。

 それで、もういちどふりかえってみたら、もうお祖母ちゃんはいませんでした。

 ただ、ドアが開いてた。

 古い家だから、とうとうガタがきちゃって勝手に開くようになったのかなって立ち上がり、閉めに行ったんです。

 すると、玄関の方で物音がしました。

 戸を開けて……だれかが出ていく音。

 そして、わたしはもう気づいていました。

 お祖母ちゃんのにおい……好きだったお香のにおいが、あたりに漂っているのを。

 階段をおりて玄関に行ったところ、鍵がかかっていました。

 両親の寝室をのぞいてみると、ふたりともぐっすり眠っていました。
 兄弟姉妹はいません。

 やっぱり、お祖母ちゃんだったんだ。

 なぜ声をかけなかったんだろう……今でも、ちょっと後悔しています。お祖母ちゃん子だったので。

 その後、お祖母ちゃんが現れたことはなかったので、なおさらです。

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2019/09/02

真説・小豆洗い

百物語 第八十夜

真説・小豆洗い


※怪談です。苦手な方はご注意ください。


 このあいだAちゃんから聞いたと思うんですけど……ほら、部屋の中で海の音がするって。

 で、調べてみたら床下に小さい教室があったって話。聞きました? うん、Aちゃんがいってましたよ。うちの話したんだって。

 わたし、Aちゃんのうちに泊まりに行ったんですよ。

 ええ、もちろんその話を聞いてからです。怖いことなんてないない。わたし、好奇心が旺盛なもんですから。

 話聞いたのいつでしたか? ん? 三月……じゃあそのすぐあとだ。

 わたしもAちゃんから話聞いて、じゃあ泊まりに行っていい? ってことになったんですよ。

 ふたりの休みがなかなか合わなくて、結局五月の連休になっちゃったんですけど。

 そうですね……家は本当にきれいで、注文住宅じゃないのって疑うくらいでした。

 リフォームの業者さんが完璧に仕上げたんでしょうね。

 一階の天井が低いっていってましたけど、わたしはそんなに気になりませんでした。

 昔の家だからかなって思ったくらいです。

 はい、一階と二階にスペースをつくった分、一階が低くなってるわけですよね……なんで二階の方を低くしなかったんでしょうね。

 そんなこと、考えても仕方ありませんけれども。

 おじゃましてすぐに見せてもらいましたよ。

 その不気味なスペース……確かに、ありました。

 机とか椅子とか、黒板とか教卓とか……いつ小人が現れてここで授業が始まってもおかしくないって感じでした。

 ううん、違うか……そのスペース、明かりがまったく入らないんです。

 昼間でも真暗。

 だから、生徒がみんな引き上げていったあとの、夜の学校の雰囲気に近かったかなあ。

 高さは二メートル……いや、一メートルと少しくらいでしょうか。

 大人なら、這う方が動きやすいくらいでした。

 日中は聞こえないってことなんで、おしゃべりしまして……ああ、高校がいっしょだったんですよ、Aちゃんとは。

 っていっても、高一の秋にAちゃんの方が引っ越しちゃったんですけどね。

 高校の頃、どちらかといえばAちゃんはおとなしい方でしたけど、わたしはこのとおりよくしゃべるし、よく食べるし……あっ、それはいいか。

 とにかく、ウマが合ったんでしょう。それで、いまもたまに会って遊んでるわけです。

 ええ、もちろん女ふたりですから、くだらない話ばかりなんですけど、楽しいことに変わりありませんから……あっという間に夜になりまして、晩ごはんをごちそうになって、少しお酒も飲んで、シャワー浴びさせてもらって……布団はもちろんAちゃんの部屋にひきまして。

 もちろん、海の音が聞こえやすいようにと思ったからですよ。

 それから布団に入りまして、十時過ぎくらいでしたか……ザザーッといいはじめました。

 思わずわたし、キャーッて叫んで、初めての心霊現象だあーって興奮してたんです。

 Aちゃんはそんなわたしを制して、シーッと……なになに? って聞いたら、

「声を小さく」っていいます。

「きたね」ささやき声で返すと、

「いつもよりちょっと早いかな……これなの。ちょっと静かにしてて」

 そんなわけで、ふたりともおしゃべりを止めて、耳を澄ましていたんです。

 ザザーッ、サアーッと波が寄せたり引いたりする音がしている。

 でも、だんだんわたし、黙っているのに耐えられなくなって、聞いたんですよね。

「ずうっと、このまま?」

 Aちゃんは首を振りました。

「最近は、ちょっと芸が増えたみたいなの」

 その瞬間でした。いきなり、ドドドーッときて……わたしは思わず布団を跳ねとばして、起き上がってしまいました。

 Aちゃんの方を見ると、顔が青ざめています。

「こんな大きい音、初めて……」

 Aちゃんが落ち着いてたから、わたしもはしゃぐことができてたんですよね……でも、Aちゃんがそんなふうに動揺してるところって見たことがなかったから、一気に怖くなりました。

 するとそこへまた、ドドーンと……そのたびに、窓ガラスが震えるんですよ。

 もう、BGMどころではない音量なんですけれども、Aちゃんのお父さんやお母さんが階段を昇ってくる気配はありませんでした。

 本当に波が入ってくるんじゃないかって、立ち上がってカーテンと窓を開けたんですが、なにも異状はありません。

 だってね、波そのものなんですよ、音が……海が時化てるときの砂浜にいるのと全然変わりないんです。

 これじゃ、とっても寝られませんよね。

 それで、わたしもAちゃんも隣の部屋に引っ越して、しばらくまたおしゃべりしました。

 その間もずーっと波の音がしてたんですよね。

 隣の部屋に移ったら、音は小さくなりましたが……いやいや、もうわたしは波のことなんて触れたくないし、Aちゃんにしても同じだったんでしょう、どっちもできるだけバカっぽい話をするようにして、笑い合ってたんです。

 ときどきドーンというたび、Aちゃんは口をつぐんだり、笑っているのを止めたりしました。

 わたしもそう。

 それでもお互いに触れないようにして、日付が変わる頃にそろそろ寝ようってことになりました。

 うーん……いえ……それはなかったですね。

 怖いっていっても、帰るほどじゃなかった。

 じっさいに窓ガラスが割れて海水がなだれ込んできたっていうんなら、別ですけど。それに、Aちゃんが心配だったし。

 電気を消しても、波の音は止みません。

 わたしはAちゃんがまだ眠っていないって分かっていました。

 しばらくして、いちどわたしがトイレに行って、それからAちゃんも部屋を出て行きました。

 わたしはその帰りを待ちながら、これってわたしのせいかもな、あすからはまた波の音が静かになるかな、などと考えていました。

 どれくらいたったのか……三十分くらいかな。

 でも暗い中、布団の中でじっとしていましたから、もっと短かったかもしれません。

 なかなか帰ってこないけど、どうしたんだろうと思っていると、ああっーて声がしたんです。

 とっさに起き上がって廊下に出てキョロキョロすると、となりの部屋の……Aちゃんの部屋のドアが開いていました。

 Aちゃん、と名前を呼びながら入ってみると……部屋の真ん中で、Aちゃんが倒れていました。うつぶせでした。

 慌ててわたしは駆け寄って、ちょっと、とか、だいじょうぶ、とか声をかけたんです。

 Aちゃんは意識を失っているようでした。

 わたしはひざまずいてAちゃんの頬を叩きながら、声をかけていると……目を覚まして……でも、寝起きのような感じで、ボーッとしている。

「急に、ふらふらして……」

 ろれつが回っていませんでした。

 これはお父さん、お母さんを呼ばなきゃどうしようもない……立ち上がりかけたところで、Aちゃんがいいました。

「あずきあらい……って、いうんだって」

 わたしには、そう聞こえました。〈小豆洗い〉と。そんな名前の妖怪、いますよね?

 あとで調べてみたんですが、ちょっとあれは……あの音は小豆を洗ってる音じゃないような気がするんですが……それに、一階と二階の間にある、小人の学校。

 あんな気持ち悪いものがあるわけですけど、小豆洗いとは全然関係ないものなんじゃないかなと。

 いえいえ、わたしにはサッパリ分かりません。なにがなんなんだか。

 Aちゃんの方はですね、その後、やっぱりお父さんとお母さんに話して、救急車を呼んでもらって。

 うん、朦朧としてましたので、そのまま運ばれていって……入院しちゃったんです。

 翌日、お見舞いに行ったときに聞いたら、悪性貧血なんだそうです。知ってますか? 悪性貧血。

 ビタミンB12をとってれば一か月くらいで治るそうなんです。

 でも、いまだに入院中なんですよ。

 いま八月でしょ? だから、もう三か月くらいになります。

 かわいそうに最近じゃかなり痩せちゃって、本人は入院ダイエットだ、なんて笑ってますけれども。

 ええ……聞いてないんです。ご両親には。

 違う病気が見つかって、その治療が必要なんでしょうかね。

 ちょっとわたしもお見舞いに行きづらいんですけど……ええ、わたしのせいじゃないかなってのもありますから……。

 Aちゃんの病気とは直接関係がないのかもしれないけれども、わたしがきっかけを作ったのかもしれないって。

 それでもAちゃんが寂しがるっていうのを真に受けて、週一、二回行ってます。

 どうもありがとうございます……そういっていただけると……でも、いいんです。

 こんどいっしょに行きますか? Aちゃんのお見舞いに。

 喜びますよ、きっと。

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