百物語 第四十八夜
名字を呼ばれて
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
さすがにそれは……仮名にしてください。最近、個人情報にうるさいじゃないですか。私、人事部にいますんで、けっこう神経質になっちゃってるんです。
そうですか。じゃあ「佐藤さん」ということで。
佐藤さんは、私が勤めている会社の受付をしている女性でして、外部から派遣されてきています。
こんなこというと最近うるさいかもしれませんが、容姿端麗である上に、はきはきした言葉づかいで、話しぶりが実に心地よいのです。話しているうちにこっちも楽しくなってくるようでね。
仕事が仕事なもんですから、たまに話をする機会がありまして、何かのついでで、こんな話を聞かせてくれました。
最近、金縛りにあった、といいます。
佐藤さん、どうも寝床でものを考える癖があるらしい。それで、なかなか寝つけない。
たまに、ありますよね。うとうとして、ああもう寝落ちしそうだってたびに、はっと意識が戻ってしまう。
佐藤さんは、そのはっと戻った瞬間に、全身が動かなくなったというんですよ。
それまでにも何度か似た経験はありましたが、全く身体が動かないのは初めてだったといいます。
必死に手足をもがくんですが、全く動かない。そうしているうちに、ーン、と何かが落ちるような音がしました。
同時に、部屋全体が激しく揺れたんです。その衝撃たるや、まるで隕石が屋根を突き破ったんじゃないかってくらいだった。
でもね、それは隕石よりもタチの悪いものだったっていうんです。
ふと気づくと、スーツ姿の女がベッドの横に立っていたんですよね。そいつが、佐藤さんの顔を覗きこむようにしているんです。
垂れさがった長い髪が、今にも頬を撫でそうで……と、そこで気づいた。自分じゃないか、って。鏡を見てるんじゃないかって疑うくらい、自分にそっくりなものが、いる。
ばっちりメイクを決めていて、出勤前か、まるで彼氏に会う前あうときか……こんなことをいうと、また怒られそうだな。はは。
そいつはやっぱり、鏡に映った姿ではなかったんです。その証拠に、そいつが首をかしげたかと思うと、叫んだんです。
「さとーーうっ」
姿はほとんど自分でしたが、声は似ても似つかない……年配の男性のものでした。
佐藤さんはそこで意識を失ってしまったんですが、次の瞬間、いえ、実際にどれくらいの時間がたってるのかは、わかりませんが……またハッと目が覚めたんです。
ほぼ同時にドーン、とものすごい衝撃があって、自分そっくりなものが顔を覗きこんできて……年配の男性の声で名前を呼ばれ、意識を失う。
朝まで、何十度となく同じことをくりかえしたそうです。
ふと時計を見るといつもの起床時間を過ぎていたので、慌てて身支度を整えて出勤したんですが、職場についてすぐ、同僚に声をかけられて、あいさつしたとき……。
声が、がらがらになっていたんです。
佐藤さんがいうには、金縛りにあっていたときに聞いたような、年配の男性の声みたいだった、と。
受付ですから、その日は仕事にならないってことで休んだそうです。
あの日はそんなことがあったの、って私が尋ねましたら佐藤さん、口に手をあてて、くすくす笑いながら、こういってました。
でも、なんで私の名字を呼んだんでしょうね。名前でもいいのに、って。
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