Translate

2019/08/01

名字を呼ばれて

百物語 第四十八夜

名字を呼ばれて


※怪談です。苦手な方はご注意ください。



 さすがにそれは……仮名にしてください。最近、個人情報にうるさいじゃないですか。私、人事部にいますんで、けっこう神経質になっちゃってるんです。

 そうですか。じゃあ「佐藤さん」ということで。

 佐藤さんは、私が勤めている会社の受付をしている女性でして、外部から派遣されてきています。

 こんなこというと最近うるさいかもしれませんが、容姿端麗である上に、はきはきした言葉づかいで、話しぶりが実に心地よいのです。話しているうちにこっちも楽しくなってくるようでね。

 仕事が仕事なもんですから、たまに話をする機会がありまして、何かのついでで、こんな話を聞かせてくれました。

 最近、金縛りにあった、といいます。

 佐藤さん、どうも寝床でものを考える癖があるらしい。それで、なかなか寝つけない。

 たまに、ありますよね。うとうとして、ああもう寝落ちしそうだってたびに、はっと意識が戻ってしまう。

 佐藤さんは、そのはっと戻った瞬間に、全身が動かなくなったというんですよ。

 それまでにも何度か似た経験はありましたが、全く身体が動かないのは初めてだったといいます。

 必死に手足をもがくんですが、全く動かない。そうしているうちに、ーン、と何かが落ちるような音がしました。

 同時に、部屋全体が激しく揺れたんです。その衝撃たるや、まるで隕石が屋根を突き破ったんじゃないかってくらいだった。

 でもね、それは隕石よりもタチの悪いものだったっていうんです。

 ふと気づくと、スーツ姿の女がベッドの横に立っていたんですよね。そいつが、佐藤さんの顔を覗きこむようにしているんです。

 垂れさがった長い髪が、今にも頬を撫でそうで……と、そこで気づいた。自分じゃないか、って。鏡を見てるんじゃないかって疑うくらい、自分にそっくりなものが、いる。

 ばっちりメイクを決めていて、出勤前か、まるで彼氏に会う前あうときか……こんなことをいうと、また怒られそうだな。はは。

 そいつはやっぱり、鏡に映った姿ではなかったんです。その証拠に、そいつが首をかしげたかと思うと、叫んだんです。

「さとーーうっ」

 姿はほとんど自分でしたが、声は似ても似つかない……年配の男性のものでした。

 佐藤さんはそこで意識を失ってしまったんですが、次の瞬間、いえ、実際にどれくらいの時間がたってるのかは、わかりませんが……またハッと目が覚めたんです。

 ほぼ同時にドーン、とものすごい衝撃があって、自分そっくりなものが顔を覗きこんできて……年配の男性の声で名前を呼ばれ、意識を失う。

 朝まで、何十度となく同じことをくりかえしたそうです。

 ふと時計を見るといつもの起床時間を過ぎていたので、慌てて身支度を整えて出勤したんですが、職場についてすぐ、同僚に声をかけられて、あいさつしたとき……。

 声が、がらがらになっていたんです。

 佐藤さんがいうには、金縛りにあっていたときに聞いたような、年配の男性の声みたいだった、と。

 受付ですから、その日は仕事にならないってことで休んだそうです。

 あの日はそんなことがあったの、って私が尋ねましたら佐藤さん、口に手をあてて、くすくす笑いながら、こういってました。

 でも、なんで私の名字を呼んだんでしょうね。名前でもいいのに、って。

0 件のコメント: