三矢重松先生歌碑除幕式祝詞 折口信夫 昭和十一年七月
この御歌よ。石には彫らず、里人の心にゑりて、とこしへに生きよとこそ。かく申す心を、天がけりより来る三矢重松大人のみたまや、かくり世の耳明らかに聞き明らめ給へ。
みまし命過ぎ給ひしより、早く十年に三年あまりぬ。うつし身こそは、いよゝ離り行け、おもかげはます〱けやけくなり来給ひて、しぬび難くなりまさるに、いかで、大人の命のいにしへの後たづねまつらむの心を起し、千重隔る山川こえて、山川更にとりよろふ出羽の国庄内の国内にまうで来つるわれどちの心知りたまふや。
みまし命、いまだこの鶴岡の町の子どもにて、わらは髪うち垂りつゝ、町といふ町巷といふ巷行き廻り遊び給ひしほどのけしき思はするもの多く残れるを、この里のみ中の春日のすめ神の御社よ、遠きその世のをさな遊びに、となり〱の同輩児らとうち群れたまひ、心もゆらにたはぶれ給ひし日のまゝぞと、里びとの告ぐるによりてとめ来れば、宮の内外の古き木むらも仰ぎ見る額の絵のかず〱も、皆みまし命幼目にしみて親しかりけむと思ふに大人のかくりみすらたゞここもとにいまして、今日の人出にたちまじり、たのしみ享け給ふと、今しはふと思ひつ。
あはれ、この処のよさや、里古く家並とゝのほりあたりの家居正しく、人心なごみて、たゞ静かなる神のみにはなりけり。そのうぶすなの神のみ心おだひに、こゝをこそあたへめとよさし給へるまにまに、この場の隅処をえらび定めて、大人のみ名永く、御思ひ深く、里人の心にしるさむと、そのかみ鋭心盛りにいましゝ日のよみ歌一つ
値なき玉をいだきて知らざりしたとひおぼゆる日の本の人
とあるをすぐり出で、よき石だくみやとひて、たがねも深に岩にきりつけ、今しこゝに立ちそゝれる見れば、遠き山川、近き里なみと相叶ひ、ところえてよろしき姿なるかも。あはれ、大人のみたまや。われどちのをぢなき心もてすることを、よしとうべなひ享けたまふや。又いたづら事と苦み憎みたまふや。唯ひたぶるに、なぐしきみ心に見直し給ひ、心おだひに、たまのよすがになしたまひて、ゆり〱もこゝにより来たまへ。しかあらば、この御歌よ。里人の心にしみて、大人の御心は、見はるかす山川とひとつになりて、とことはに生きなむものぞとまをす。
この祝詞は『折口信夫全集27巻』(中央公論社、平成9年)によります。
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