前回に引き続き、人形感謝祭祝詞について拝礼のようす、それをお聞き届けくださいとお願い申し上げる部分をつくっていきます。もっとも、このあたりはどの祝詞にも共通する内容が多くなるかと思います。
まず拝礼するのは祭祀の対象に向けてですから、敬語が必要です。「拝(をろが)む」に「奉る」を加えて「拝み奉る」。そのような様子を(「状(さま)を」)、平安にお聞き届けくださり(「平らけく安らけく聞し食して」)、ということで、つなげますと
拝み奉る状を、平らけく安らけく聞し食して
「平らけく……」は現代では最もよく使われる表現です。他に「安く穏(おだひ)に」「御心に平らけく」などいくつかバリエーションがあります。
これで最低限の内容は満たしていますが、もっともっと、分量を増やしたいところです。
そこで、玉串を捧げて拝礼することから、玉串についても申すことにしてみます。これも祭祀の対象に捧げるのですから、「捧げ奉り」。これら一連の語句の前に、お供えについて申していますから、玉串「を」ではなく、玉串「をも」としましょうか。「玉串拝礼」という言い方がありますので、これを「拝み奉る……」の前に置きます。
玉串をも捧げ奉り、拝み奉る状を、平らけく安らけく聞し食して
まだまだふくらませていきます。「拝み奉る」の前に「鹿(しし)じもの膝折り伏せて」を置きます。意味は、鹿のように膝を折り伏せて。座礼にふさわしい語句です。同じような表現には「鵜じもの頸根(うなね)衝(つ)き抜きて」がありまして、これは鵜のように首を低く垂れて、という意味です。
玉串をも捧げ奉り、鹿じもの膝折り伏せて拝み奉る状を、平らけく安らけく聞し食して
拝礼のようすを長くしたので、今度は玉串について語句を補い、より詳しく申すことにします。ここは「鹿じもの……」のような慣用句的な語句よりは、大変ですがじぶんで内容を考えてつくった方がいいだろう、ということで頭を悩ませてみます。
玉串というもの、祈念をこめて捧げます。斎主の他に、ここでは人形感謝祭の参列者が捧げるのですから、感謝の気持ち(古語にすると「謝(ゐや)ぶ」)を込めだろう、ということで「謝び奉る」。それから、尊崇の念があってこそ人形を持ち込んでいるわけですので、そのような語句もくわえるとして、「尊(たふと)み奉る」や「敬(ゐやま)ひ奉る」「崇め奉る」などを候補として考えます。どれでも意は尽くすようなので、ここでは、前の「謝び奉る」と語頭の音をそろえて「敬ひ奉る」を採用します。
謝び奉り敬ひ奉る……玉串をも捧げ奉り、鹿じもの膝折り伏せて拝み奉る状を、平らけく安らけく聞し食して
ここで「……」としたのは、「玉串をも捧げ奉り……」とどのようにつなげるか、悩んでいるためです。「謝び奉り敬ひ奉りて、玉串をも捧げ奉り」と単純につなげるのは、意味はまあとおっていても、何だかこころもとない。「感謝申し、敬い申し上げて玉串を……」というのは、その「尊崇の念」が急に出てきたような印象を受けます。
そこで、そのような崇敬の念のあかしとして玉串を捧げ申す、というふうに持っていくことを考えます。「あかしとして」はそのまま「証と」だと、ちょっと弱いので、式祝詞から「志(しるし)の為と」を借りてくることにしましょう。これは出雲国造神賀詞にある表現です(ただし「志」は「忌」の誤記とする説もあります)。
謝び奉り敬ひ奉る志の為と玉串をも捧げ奉り、鹿じもの膝折り伏せて拝み奉る状を、平らけく安らけく聞し食して
だんだん、ととのってきました。あとは、もう少しこの人形感謝祭の趣旨をはっきりさせるべく、語句を補いたいと思います。とはいえ、すでに「お祭りする」部分で申したところなので、ここではより具体的に、人形の魂を和ませてください(と玉串を捧げ申す)という意味の語句をつけ加えることにします。
人形の魂を、は「人形の御霊を」。和ませてくださいと、で「和ませ給へと」。そのように願って玉串を捧げ申す、ということで、この語句を「乞ひ祈み奉る」で受けることにします。「乞ひ祈み」の部分は他に、「乞ひ願(ね)ぎ」や「願(ね)ぎ」、「乞ひ奉り願ぎ奉る」などが考えられます。この部分のみをまとめると、
人形の御霊を和ませ給へと乞ひ祈み奉り
さらに、みたまさんの注意をよりひいていただくため、みたまさんの前にお並べ申しています、という意味のことばをここにつけ加えましょう。冒頭部で、みたまさんの前を「御前」としてますので、まず「御前に」。置くことについては「据ゑ置き奉る」が自然でしょう。前述の語句にあわせてみますと、
御前に据ゑ置き奉る人形の御霊を和ませ給へと乞ひ祈み奉り
では、これまでにできていた語句と、つなげてみます。
御前に据ゑ置き奉る人形の御霊を和ませ給へと乞ひ祈み奉り……謝び奉り敬ひ奉る志の為と玉串をも捧げ奉り、鹿じもの膝折り伏せて拝み奉る状を、平らけく安らけく聞し食して
あとは「……」の部分を、つまりつなげ方を決めたら、この部分は完成です。このままただつなげることもできますが、「奉り…奉り~奉る」と「奉る」の連続が気になります。「乞ひ祈み奉ると」または「乞ひ祈み奉らくと」などとしますと、ここに意味上の切れ目ができます。でも、まだ切れ方が弱いようです。切れ方が弱いと、やはり「奉る」の連続が強調されてしまいます。他に、意志の助動詞を用いて「乞ひ祈り奉らむと」とする方法もあります。でもまだ不十分なので、もう少し強く切ることを考えましょう(なお、ここで文章をはっきり切る、すなわちマルを打てるかたちにするのは得策ではありません)。
ここは理由、もしくは因果関係を意味する語句を用いることにします。こうした語句は前後の語句を対比する効果がありますので、意味上の切れ目をつくることができます。すでにこの祝詞で使用した「年毎の例と定むるが故に」の「が故に」がそうです。一度この語句をつかっていますから、ここでは「~が為に」としましょう。
以上をもちまして、完成しました。以下に掲げます。
御前に据ゑ置き奉る人形の御霊和ませ給へと乞ひ祈み奉るが為に、謝(ゐや)び奉り敬(ゐやま)ひ奉る志(しるし)の為と玉串をも捧げ奉り、鹿(しし)じもの膝折り伏せて拝み奉る状を平らけく安らけく聞し食して
なお、「~が為に」を採用したのは、その前後の「奉る」の連続が気になったからです。とはいえ、「奉る」は上代の謙譲語の主役、うまくつきあわなければなりません。ついでといっては何ですが、この連続を活かす方法も考えてみたいと思います。
ひとつは、「乞ひ祈み奉り」の「乞ひ」と「祈み」を分けて「乞ひ奉り、祈み奉り」とする方法があります。
……和ませ給へと乞ひ奉り、祈み奉り、謝び奉り、敬ひ奉る志の為と……
こののち玉串を捧げ奉る、というのですから、内容上つなげても問題ないでしょう。でも、ちょっと単調な気がしますし、前後の語句を合わせてみると実際に奏上するときには「祈み奉り」で切った方がよさそうです。上で述べたように、いったん意味上の切れ目をつくる語句を置いた方が勝るかもしれません。
逆に、「乞ひ祈み奉り」に合わせて、その後を「謝び敬ひ奉る」としてみます。
……和ませ給へと乞ひ祈み奉り、謝び敬ひ奉る志の為と……
ただ、この場合もやはり、奏上時に「乞ひ祈み奉り」で切って息を継ぐ方が、すっきりするようです。「~が為に」でその前後を切ったものを、ひとまず完成稿としましたけれども、このように、あえてそうしなくても奏上時に切って読む場所として憶えておく、という方法もあります。
この「拝礼のようす」を構成する語句に限らず、作文者はたいてい奏上者ですから、奏上しやすい、つまり読み誤りの少ない文章をつくっていく、という意識は常に持っておくべきでしょう。
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