某所で、令和ご改元記念として一日ひとつ、豆知識を披露していま
す。まとまってきたので、こちらでも一週間分を。
5/1神武天皇紀によれば、天孫降臨から数えて神武天皇の頃までは、一七九万二四七〇年ほどたっていたという。伝統的な訓では、これは以下のようになる。ももよろずとせ・あまり・ななそよろずとせ・あまり・ここのよろずとせ・あまり・ふたちとせ・あまり・よおとせ・あまり・ななそとせ。
5/2能の演目のひとつ『鉄輪』では、貴船大明神への願かけが成就し、生きながら鬼となった女が、自分を裏切った男をとり殺そうとする。結局、安倍晴明の術によって追い返されてしまうのだが、去り際の女の台詞は「時節を待つべしや、まずこのたびは帰るべし」。またくるということである。
5/3憑神の代表格である犬神。愛媛県のある地方の伝承によると、犬神持ちの家では家族の人数と同じだけ犬神がおり、家族が増えれば犬神も増え、家族が減れば犬神も減る。犬神持ちの家は富み栄えるが、すべてが思いどおりになるわけではなく、ときには犬神に噛み殺されることさえあるという。
5/4山どうしが争ったという伝説は各地にある。関東では赤城山の神がムカデとなって、同じく大蛇と化した男体山の神と中禅寺湖をめぐって争った。いくつかある伝説のバリエーションのうち、ムカデが勝つ話はない。それでも赤城山のふもとでは、ムカデを神と見てか、殺すことを忌む習慣があった。
5/5伊豆の御蔵島といえばツゲで有名である。かつてツゲを伐採するのは男、搬出するのは女の役目となっており、用材をとる御山の八合目以上は女人禁制だったという。これを「ヤマドメ」と称し、禁を犯した者は米一升と銭百文を神社に納め、祓を修することとなっていた。米と銭は「祓つ物」であろう。
5/6昔は新年の神を迎えるため、年神棚を設けることが多かった。松江市の一部ではこの年神棚を、大晦日の深夜になってから、人に見られぬように吊るすならわしだった。そのため子供の中には「正月様がくるとまず自分で棚をしつらえてから、そこにおさまるんだ」と思っていた者もあったという。
5/7かつては「正月ことば」をつかっていた地方が各所に存在する。八丈島では一月四日までの間、日常語を特別なことばに言い換える習わしであった。例えば、僧侶をクロオロコまたはクロウト、猫はカワブクロ、患うことをイネツミ、月経はイトヒキ、死去はクニガエ、芋頭をマイタマなどといった。
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