百物語 第二十二夜
南山
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
南山、というと私には懐かしいのですが、聞いてる人にはさっぱりですよね。
里山に毛の生えた程度ですから高い山でもないし、山の姿が美しいわけでもない。ただ小さい頃、毎日眺めていたから懐かしいという、それだけの話です。
南山という名前にしても、村の南にあるからそう呼んだんでしょう。つまり、これといった特徴がないんです。
そうそう、これを先にいわなきゃ。
私の故郷は群馬でして、南山は利根郡と吾妻郡のちょうど境目にあります。
昔は秋になると茸や栗がたくさんなったそうで、村人みんな競って採りに行ったそうですけれども、私が子供の頃にはもうそんなこともありませんでした。採りすぎたんでしょうね。
この南山の近くに、地獄谷と呼びならわされている場所があります。
名前の通り一種の魔所で、だれも足を踏み入れません。
私の祖父が若い頃に迷い込みましてね、気づいたら地獄谷にいた。
ええ……話に聞くばかりなんですが、そこはガレ場。
岩だらけで、その一帯だけ全く草や木が生えていないそうなんです。
谷というぐらいですから両側は山でね……その地獄谷で祖父は、東京を見たそうです。
はい、もちろん距離からいって、見えるわけがない。
見えるわけがないんですけれども、山と山の間に見下ろせる遥か向こうに、びっしりと家やなんかが建ち並んでいた。
そんなにたくさん建物があるのは東京しかない……だから東京だと思ったって。
狐に化かされたんじゃないかって何度も目をこすったり、眉毛に唾をつけたりした。でも、まちがいなくそこに街並がある。
このまま東京、東京って考えてたら、どうなることか分からない。
崖から落とされるかもしれないし、同じところをぐるぐる回らされるかもしれない。
命だって危うい……それで東京のことは忘れることにし、とにかく南山の方へと向かうことに集中して、帰ってきたそうです。
他にも、この地獄谷で葬列の一行を見たという人もいたようです。
どうみても野辺送り、葬列の順番もこの地方の慣わしのとおりだったと。
神隠しにあった子供が遊んでいた。天狗がいた。立派な屋敷があったと、他にもいろいろな話があります。
とにかく思いがけないものをこの地獄谷で見る。
そして、昔は山に入って帰らない人が出ると、いったそうです。
地獄谷に入っちゃったんだろうって。
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