百物語 第七十八夜
死の鳥
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
五歳のときです。
ある夜、表が騒がしいのでふと目をさましたんです。
夜中で、両隣には両親が寝ていました。
聞いたことのない音がしていて、それが近づいてくる。
わたしはどうにも気になってしまいまして、布団を離れて窓辺にゆき、カーテンをめくってみました。
すると、向かいの家のおばちゃんが立っていて、首を伸ばしてなにかを見ている。
おじちゃんも腕を組んで、同じ方を見ている。
そればかりか三々五々、近所の人が集まってきました。
みなその場に立って、わたしから見て右手に顔を向けています。
まもなく、近くで飼われている犬がいっせいに吠えだし……ソレが、現れました。
男。いや、男だと思うんですが、定かではありません。ぜんたいの様子からは男のように見えますが、男装した女だったといわれれば、そんな気もします。
なにしろ背が低いし……ええ、百六十センチほどの父より低いな、とそのとき思いました……それに、ひどく華奢な感じがしたんです。
そいつはフェルト地のつばつきの帽子を目深にかぶっていて、顔の下半分には包帯を巻いています。
そして、肩にはなにかをかついでいる。
それが、こっちに向かって歩いてくる。
音が大きくなってくる。
父と母が起きだしてきて、わたしの後ろに立って往来のようすを見渡しました。
「なんなの?」
「なんだろう」
ふだん深夜にそう人が集まることなんてありませんでしたし、両親が困惑気味だったのを憶えています。
そして、そいつがちょうど家の前を通りかかったときです。
コラ! と、だれかが叫びました。
いやあ、そこまでは……分かりかねます。
とにかく、その場にいただれかが叫んだ。
するとそいつがですね、急に走りだしたんです。
その場に立ってた人がそのあとを追いかけて……瞬く間に、だれもいなくなってしまいました。
「なんなの?」
「なんだろう」
またそんなことを両親がいって。
でも結局分からないから、寝ようってことになったんです。
ところが翌朝、そいつの置き土産があったんですよね。
鴨とか、鶏とか……よく見ませんでしたが、とにかく鳥ばっかりです。
なぜか、みんな羽と足を縛られていて、身動きできず鳴きわめくばかり。
それが家の前に……うるさくてわたしも両親も眼をさましたんです。
どうやら夜、騒がしかったのはこの鳥のせいで、そいつが肩にかついでたのは袋かなにか、おそらく袋に鳥を入れてたんだろうと。
そいつを追いかけてって、捕まえたのかどうか。
ちょっとそのあたりはあいまいなのですが、きっと捕まえられなかったんでしょう。
ただ、そいつはべつに鳥泥棒なんかじゃなかった。
近所で盗みに入られたって通報する人はいなかった。
だれかがコラと叫んだ。するとそいつが走りだし、みんな理由が分からないまま追いかけた……それだけなんです。
まあ、あからさまに怪しい姿ではありました。もしかすると変質者かなんかだったんでしょうか。
それにしても、きっと未遂でしょうよ。いやあ……よく分かりませんが、性犯罪者でもないでしょう。
あんな大きな袋に鳥を抱えて……不自然にすぎます。
さて、だんだん日が昇ってくるにつれて、また近所の人たちが集まってきました。
目の前には、ガアガア、コケコーと騒ぐ鳥が多数。
この鳥どうする? となって……結局、駐在所に届けることになったんです。
おまわりさんも困ったと思うんですよね。
生き物ですからエサをやらなきゃならない、逃がしちゃいけない。勝手に処分してしまうわけにもいかない。
田舎なもんで養鶏やってる農家が多いから、使ってない檻をいっぱい借りてきて駐在所の脇でしばらく飼ってました。
でも、つぎの日から一羽、また一羽と……バタバタッと死んじゃったんですね。
それとほぼ同時期に、あちこちで亡くなる人が出始めまして……死因はバラバラです。
自殺した人もいましたけれど、たいてい病死です。
五、六件目になったところで、いくらなんでも短期間にこんなにオトムライが出るのはおかしい、と噂しあうようになりまして……気づいた人が、いたんです。
あの晩、道に立ってあいつがくるのを見送った人が死んでるんじゃないか、って。
これはもう、防ぎようがないですよね。それでも鳥の数は有限、まもなく全滅してしまいまして……ええ、同時にパタッとお葬式も止まって。
もちろん、こんな噂も立ち消えになりました。
ううん、どうでしたかね……二十羽は確実にいました。三十羽まで行くかどうか。
いえいえ、これは、わたしの記憶に、母からあとで聞いたことを加えてお話ししているんです。
五歳ですから、近所の人がひそひそなにか話してて、なんとなく不吉な感じがするってのは認識できていても、内容まではよく分かりませんから。
おかしなことに、父はこの間の事情をまったく憶えていない……ええ、まったくです。
コレについて父母が話をすると、険悪な雰囲気になって終わるんですけれども。
父は、そんなことあったかと、いまでもいっております。
確かにわたしの後ろに立って、往来のようすを眺めて、母となんだろう、なにかしらといい合ってたはずなのに。
知り合いもけっこういたので、何度も葬儀に参列しているはずなんですが。
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もう引っ越してその町を離れてしまいましたので……確かめるとなると、なかなかたいへんです。近所の人で、当時のことを憶えている人が絶対いるはずなので、もちろん聞いてみたいとは思うんですけれども。
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