百物語 第七十九夜
小豆洗い
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
最近、引っ越したんですよ。わたし、実家住まいなんで、わたしももちろんいっしょに引っ越しました。
子供の頃から父が転勤ばかりしてるんで、もう慣れっこになっておりまして……母なんて、引っ越し先の部屋をいちどパパッと見て回っただけで、家具の配置が頭に浮ぶっていいますしね。
他の家に比べれば、家具も荷物もそんなにないんじゃないでしょうか。一年たたずにまた引っ越すこともありますから、しらずしらずのうちに物を増やさないようにしているんでしょう。
ふだんから、心の準備をしてる。ふつうの人はそれじゃ落ち着かないんでしょうけれども、わたしは全然気にしてません。
ええ、子供の頃……特に中学生の頃は、転校、転校って嫌でした。
わたし、人からドライだっていわれることがよくあるんですけれども、こんな子供時代を過ごしてたらね、ドライにもなりますよ。
いま話してる相手が、数か月後には疎遠になってしまうかもしれない。いま、こうやってくだらないことを数人で笑いあっていても、そのうちみんなバラバラになるんだろうな……どうしても、こう考えちゃう。べたべたすることなんて、とてもできませんよ。
こんど引っ越した家はもちろん借家なんですが、リフォームした直後で、わたしたちが初めて入る家族ってことでした。
外観はともかく、中は新築と変わりません。床も壁も、見た目は新築。
父が、これならしばらくいてもいいなあなんていってましたけれども、どうせまたすぐに転勤になるわよって、母に決めつけられてましたね。
ただ、一階にいるとなんとなく圧迫感があるというのか……天井がちょっと低いんですよね。
正確に測ったわけじゃないですけれど、二階の方があきらかに天井が高い。
変わってますよね? でも、父も母も気にしすぎだ、まだ慣れてないからだっていうんで、そうかもしれないって、じぶんにいい聞かせたんです。
わたしも父も翌日から仕事なので、引っ越し作業は母がやってって感じで、三日くらいでほとんど終了しました。
なにかこの家、ちがう……って感じたのは、それからまもなくでした。
そのとき、わたしは晩ごはんをすませたばかりで、じぶんの部屋にいました。
音楽をかけ、ベッドの上に寝転がってボーッとしてて……うとうとしはじめたんです。食事後だし、繁忙期で疲れていたこともあったんでしょう。
ああ、お風呂入らないと。
父さんはまだ帰ってきてない。
母さんは洗い物終わって洗濯物畳んでるかな、手伝わないと。アイロンがけするやつ、あったっけ……?
そんなことをぼんやり思いながら、意識がとぎれとぎれになった状態に入って……すると、波の音が聞こえだしたんです。
もちろん、かけていた音楽とは違います。
かけてたのはヘビィメタ。音は絞ってましたが、好きじゃない人からすればほとんど騒音でしょう。
それが……波の音に替わってるんですよ? 「睡眠導入」「才能を呼び醒ます」なんてCDに入ってるような波の音。
波が押し寄せたり引いたりするたびに大きくなったり小さくなったりする。
ヘヴィメタの方に意識を集中したら、遠くで聞こえているくらいの音量まではいくけれども、気を抜くと一気に波の音になる。
えっ? いえいえ、それだけでした。その程度のこと……なんです。
だから、何? っていわれると、それ以上話しようがなくなっちゃう。
それから……時間でいうと、三十分くらいでしょうか。
どんな目覚ましよりも効果のある母の声がして……風呂に入りなさいって、階段の下でね。
ああ……もう。先回りしないでくださいよ。
うん、そうそう。そうです。
そのとおりなんですけれども。
はい。それから毎晩、波の音が聞こえだすようになったんです。
なにか音楽を聞いてても、それ以上の音量でかぶせてきますし、べつにうとうとしてなくても波の音がする。
ええ、それは……どうなんでしょうかね。
意識しちゃったら、それ以来ずっと聞こえてしまうってものなんでしょうかね。
それで睡眠不足になったってことはありませんし、むしろ心地よいくらいで。
まったく害はないんですが、それでも、気にはなったんです。なんでこんな音がするんだ……って。
それでこの前の休みの日に、音がしだしてから探索を始めたんです。
まずとなりの部屋。タンスや母のミシンがあって、だれもじぶんの部屋にしてません。でも、音源になるようなものはありません。
わたしの部屋の前までもどって、廊下に立ったままじっとしていると、音がかすかに聞こえます。
ドアを開けると、けっこう大きく聞こえる。当り前です。
じゃあ、向かいの部屋は、とドアを開けると……こっちじゃまったく聞こえません。
あちこちの壁に耳をつけてもみましたが、よく分からない。とにかく、わたしの部屋に音源がある。
ベッドの上に立って、天井をうかがってみる……心なしか音が弱まったような気がする。
じゃあ、床は……寝そべって耳をつけてみました。
すると、急にザザーッと波が押し寄せてくるような音がして、わたしは慌ててその場に起き上がりました。
ええ、床の下だったんです。音は床下からだった。
その下がリビングとキッチンの中間あたりにくるんですが、一階にいても波の音がしたことなんていちどもありませんでした。
母がなにかしていたり、テレビがついていたりするから気がつかなかったのか……じゃあ、ヘヴィメタ以上に聞こえたってのは、なんなんだろう?
まもなく帰ってきた父に、嘘をつきまして。
部屋の床下から、変な音がする……と、これは嘘じゃない。
もしかしたら、だれかが入りこんでるかもしれない、怖い……と、これは嘘です。
そしたら父が予想以上に真剣になってしまいまして……服を着替えて早々、調査開始となったんです。
まず、外に出てぐるっと家を一周してみました。
どこか目につきにくいところに侵入口があるんじゃないかって。父はけっこうじっくり見てたんですが、そんなものはなかった。
明るくなったらもういちど見てみようってことで、家の中へ。
その間も、波の音はしていました。
わたしの部屋に入ったとたん、父もその音に気づいて、わたしがしたのと同様、音源を探しはじめました。
まもなく、やっぱり床下だろうってことになったものの、あいにく絨毯を敷いています。
それを剥がして探ってみるのはたいへんだってことで、一階に降りました。
父はキッチンとリビングの間に立って、しばらくのあいだ耳をすませていました。
あれを開けて見てみよう……と、キッチンの隅の天井を指さすのを見ると、そこには正方形の板がはめこまれています。
横につまみがある、取り外せるようだ、懐中電灯持ってこい……となりまして。
リビングから椅子を持ってきて、父はその上にのぼり、板をあげて首を突っ込みました。
……なんじゃ、こりゃ、というのが父の第一声でした。
わたしと母はようすを見守っていましたが、なんなの? と聞くしかありません。
部屋がある……というのが、父の返事。
せまいけれども、椅子とか机とか……学校でつかっているような椅子や机がたくさんあって、黒板や教卓まである……いえいえ、それが、ごく小さいものなんです。
父につづいて、わたしも見てみたんですよ。
あんな机と椅子なら、身長三十センチくらいじゃないとつかいものになんないんじゃないかな……。
小人の学校? やめてくださいよ……小人がたくさんいて勉強してるなんて、怖いじゃないですか。
だいたい、なんで小人の学校があったっていうのに、波の音がするんですか? わけが分かりません。
その後……不動産屋さんや大家さんに連絡したり、会ったりって、父はしばらく面倒だったようですけれども、結局そのままなんです。
べつになにか謂れがあるわけでもありませんし、住むのに支障ありませんから、どうしようもない。ただ、夜に波の音がするだけ。
かといって、あんなもの、触るのはイヤだし、動かしてなにかあるのはもっとイヤだ。
ああ、そうそう……外部から人間が入ったような形跡はありませんでした。
侵入口はないし、空気孔なんかはありますけれど、ふつうの人間が出入りするのは無理なサイズです。
うん、ふつうの人間にはね。あくまでも。
ええ、いまもしてるんですよ、波の音。
もしよければ聞きにきてもかまいませんよ。
わたしの部屋、物があんまりないし、いまはただ寝る場所になってしまって。
いつも綺麗ですから。
目次はこちら
0 件のコメント:
コメントを投稿