百物語 第九十八夜
角の生えた藁人形8
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
いや、まさかね……人生には三つの坂があるってね。奇妙な話もたまにこの業界、ありますけれども、こんなのはさすがに初めて。人生初ですよ。
まさかですよ、ほんとに。
うちに持ち込まれるのは、遺影とか仏壇とか、仏像、位牌なんかで、預ってからある程度たまったら、お寺さんにきてもらって、お経読んでもらってから焼却処分するんですが、まあ燃えないものはゴミと同じで、分別しますよ。
それで、この前持ち込まれたパイプ。五十センチくらいで、ちょっと汚れてるくらいで新しいんだけど、これを焚き上げして欲しいってね、きたんですよ。
まあ気になる人は気になるんでね、何でも。
受付のおねえちゃんは、ふつうに規定にしたがって受け取った。
一時保管場所の倉庫に移動しておいた。重いものなら何人かで運びますけどね、彼女はそのまま片手で持っていった。
私は何の気なしに、その様子を見ていた。
ちょっとおかしい人、というとお客さんをつかまえて失礼かもしれないけれど、たまにいますからね。
そういう人がパイプを置いていった、手続きをしてお金を払って帰っていった。
いつもとちょっと変わっていたところは、その人がずーっと何かをぶつぶつ呟いていたってことです。
たぶん、実家は青森なんでしょうね。津軽か南部か、よくは分かりませんけれど、たぶん津軽弁じゃないのかな。私ももともと、東北の方にいたことがあるんで。
受付のおねえちゃんとは、会話が成り立っていないようでしたけど、とにかく手続きと金を払う、ものを置いていく、それはとどこおりなく済んでいたんで、あんなことがなければ私だって、忘れていたはずなんですよ。ちょっと変わったお客さんがいたな、くらいでね。
客商売ったって、私は奥の方にふだんいますから、そんなもんでしょうよ。
最初はね、その受付の子が「パイプが受付にもどってくる、おかしい」って、言いだしたんです。
何回かもどってきているっていうんで、私も持って行ったんですよ、一時置場に。
ところが、やっぱり受付にもどってきている。
何だ、これはって思いましたけど、見かけはただのパイプですからね。仏像とか絵とかだったら怖いけど、何回かくりかえしましてね。
一時置場にパイプを持っていく。受付に戻ってくる。また持っていく。
ちょうどお坊さんがきて供養が終わって、じゃあここから運びだすってタイミングで、その車にポンと置いたんですよ。そのパイプをね。
それからはもう、受付にもどってこなくなった。
ところが、それから数日たちましてね、私が所要で出ていて用事を済まして帰ってきたところ、事務所のようすがおかしかったんです。
ふだん電気をつけっぱなしにしてるんですが、消えているし、受付にも誰もいないし、戸締りしないで勝手にみんな、帰りやがったなって思ったんです、最初は。
でも、違ったんですよ。
ブウウウー――ン、て感じの、蠅か蚊が飛んでるような音だと思ったんですけどね、音のする方に近づいてみると、明らかに人の話し声でした。
何だよ、誰だよって叫びながら近づいてみると、うちの従業員がみんな揃って、壁に向かって正座していましてね……二列横隊で、計十名が、ですよ。
全員がめいめい、何かを壁に向かって話しかけている。
ときどき、あいづちも打っている。
ウーン、と考え込んで間を取るやつもいる。
目が死んでいるというか、半開きでね……ゾッとした。本当に、気持ち悪かった。
とりあえず手前の若いやつの頬っぺた叩いて、おい、しっかりしろ、なんて怒鳴りながら、全員そうやって……よく、ビンタはビンタする方の手も痛くなるって言いますけど、本当ですよ。夢中で気づきませんでしたけど、一段落したら急に手のひらが痛みだしましてね、見たら、真っ赤になっていて手を冷やしました。
従業員の方は、何も憶えていない。
気づいたら、社長に殴られていたとか言って……まあ、暴力だの何だの言い立てるやつがいなくて、それはよかったんですけど。
はい、どうも変なものに関わっちゃったらしいって、全員思っていたらしくて。
こんなふうに全員、というのはさすがになかったけど、これまでには一人や二人、預ったもののせいらしい異変を、多かれ少なかれ経験していますから。
ただ、そのときはパイプのせいだとは思いもよらなかったんです。
何かが影響してるんだろう、でも今預っているものの供養が済むまで待とう、ちょっとまだキャパに余裕はあるけど、お坊さん呼ぶわ……そんな話になりました。
でも、翌日お寺に電話したら、あいにくいつものお坊さんが都合悪い。葬儀がたてこんでるっていうんですよね。
そこを頼み込んで、何とか三日後に来てもらえることになったんです。
その間も、従業員が「壁が気になる」って言うんです。はい、正座して向かっていた壁です。
事務仕事してても、受付をしてても、ときどき誰もが壁の方をチラチラ見る。何とはなしに、気になってつい見てしまう。
私も壁の方を見ていて、他の従業員と目があって気まずくなったりね。
おい、これは絶対、壁に何かあるんじゃないかって話になりますよね。
それで、金がもったいないけど業者を呼んで壁を開けてもらったんですよね。
何か配管が通っているのか異音がする、おかしいかもしれないとか何とか理由をつけてね。
で、ウン十万かかるなと思いつつ壁を開けてもらったらば……中はコンクリでしたよ。電気の配線が上の方を通っているくらいで、もちろん空調でも水道でも、配管なんてもんはない。
そのコンクリの壁にどうやって打ち付けたのか、錆びた釘に固定されるようになって……あのパイプがあった。
ええ、間違いありませんよ。
人型のシミのようなものが、ついていましたから。
何でしょうね、これ、って業者さん、言ってましたけど。モニュメントか何かのつもりで、大工さんが置いたのかな、なんて。
そのときいた従業員、そこでいっせいに壁から目をそらしましたよ。
私も何なんでしょうね、ただのパイプみたいだし……なんてとぼけていると、その業者さん、異常ないのでもう少し様子を見ましょうか、っていって、パイプを持ってったんです。
それからね……その業者さんと、連絡がとれなくなったんですよ。
壁をふさいでもらうつもりでいたんですけどね。こんなんじゃ困るってんで、何かのついでに通りかかったんで会社に寄ってみたら、もぬけの殻だった。
他の業者を呼んで、壁をふさいでもらって、それからは何もないんですけど。
やっぱり、あのパイプが、よくなかったんじゃないかな……あの工事にきていたあんちゃん、見所があったのに、かわいそうなことしたなって思うんです。
ちゃんと、いわくつきのパイプで、いつのまにかこの壁の中に……いや、こんなこと言っても、信じてもらえないか。
じぶんでもスッキリしないんですけどね。あのパイプ、どこに行ったのか。
今もその業者のところに、あるかもしれませんね。
0 件のコメント:
コメントを投稿