Translate

2019/09/19

角の生えた藁人形7

百物語 第九十七夜

角の生えた藁人形7


※怪談です。苦手な方はご注意ください。




 どうして私が、こんな目にあわなきゃならないんですか。

 だって私は、被害者なんですよ。

 打ちどころが悪かったら、あやうく半身不随か全身不随かになるところですよ。

 ことの起こりは……といって、どこが「起こり」かちょっと分かりかねるんですが……。

 私の妻が、学生と心中事件を起こしたんです。

 許せない。

 絶対に、許せない。

 人としてどうかしてますよ。どっちも……相手の男はもうすぐ退院だっていうんですから……死ねばよかった。死ねばよかったんです。そんなクソみたいなことを平気でするやつは。

 いや、すみません……まだ心の整理が……許せない……どっちも……いや、これは本題ではないので……それは、じゅうぶんわかってるんですが……すみません。

 相手のそのクソの親が出てきましてね、補償を……失礼。ああ、腹が立ってきて……ムカついてムカついて……うちにまだ妻のクソの祭壇があるんです。葬式だけは、やってやった。

 妻の実家も、態度が悪いし、成人した娘のしたことだからってね。おまえの育て方が悪いからだろうが! 責任あるだろうが!

 ああ、すみません……何度も何度も……はい、ありがとうございます。

 これを飲んで……気分を少し……落ち着かせます。

 いや、相手の親は平身低頭で、お詫びする態度も、なかなか立派なもんでした。この親から、何でそんなクソみたいなのができるんだって感じでした。

 でもね、ことがことでしょう。

 学生のころから、結婚して子供がうまれて……十数年でしょう、その時間が全部無駄だったように思えまして。

 うすうす気づいてたんですよ、不倫してるなって。それで、私も目立たないように監視カメラを仕掛けたんですが、さすがにうちにまでは連れ込んでいないようでした。

 あいつ、色々ばれないように、うまくやっていたんでしょう。もともと地頭のよい方ではありましたから。

 その、うまくやっていたことにも腹が立つんですが、いちばんはね、やっぱり子供をないがしろにしてっていうことですよ。

 はいはい、話を戻します……それで、相手の親は、勤め人の私の月給の一年分くらいの額を言ってきまして、これでどうか和解をって、ね。

 私は突っぱねたんです。

 どうやったって、それで気の済むもんじゃないし、結局金で解決かって。

 相当ひどいことも言いましたよ、ええ。何でおまえの息子の方が、生き残ったんだ。

 おまえ、どうやって息子を育ててきたんだって。

 でもね、いちいち受け答えがよかったんです。私も人の親だから身につまされる部分もあって……それにしても、息子が起訴されるかどうかって瀬戸際ですから、私と何とか和解したいんだろう、って思いますとね、素直にうんとは言えなかった。

 いや、何回も何回も来ましたよ。そのたびに立派な菓子折り持って。並ばなきゃ買えないようなのも、持ってきましたよ。

 仏前にも手を合せましてね。長いこと、祈ってました。

 心中してから、忘れもしない十三日目、つまり二七日のことです。

 私は葬式だけのつもりでしたけど、坊さんを断るのを忘れてたんですよね。初七日を繰り上げたんで、つぎは二七日ってことで、坊さんが来ちゃったんです。

 帰ってもらうわけにもいかんだろうってことで、上がってもらいまして。私の親戚が一家族、たまたまいましたから慌ただしいながらも、座布団を出したり、お茶の用意、お布施の袋の用意なんかしまして、それから法要が始まったんですね。

 たぶん、最後のお経だったんでしょうが、チンチン鉦を鳴らしてもう終わりそうだなっていうときです。

 突然、後頭部を殴られたんですよね。

 痛いも痛くないも……もんどりうって、倒れました。

 誰がやったのかなんて、そのときは考えられない。ただ、痛みにたえていました。

 あとは、わけのわからない怒りのようなもの、でしょうか……。

 私はそこに寝転がってるし、親戚一家はあたふたしてるしで、そのうち坊さんは帰ってしまいまして、次の週も来ることになったんですが、それはまた別の話で……。

 親戚一家が口を揃えていうには、突然このステンのパイプが現れて後頭部にぶち当たった、っていうんです。

 はい、このパイプです……変な模様のようなものが入っていますが、何の変哲もない、どこにでもあるようなパイプですよね。

 いやあ、そんなこと、あるわけないって思うじゃないですか。あんたのうちの誰かが私を殴って、口裏を合わせてるんだろうって。

 そこで、気づいたんです。

 妻が死んでからバタバタしていて、監視カメラをそのままにしていたんだってことに、気づいたんです。

 さっそく見てみましたよ、その場で……いや、びっくりしました。

 確かに、突然パイプが空中に現れて、私の後頭部を殴っている。私の倒れる姿がぶざまで、笑っちゃいましたけど。

 いや、病院にいってもそんなことはもちろん、言いませんでしたよ。工事現場で派手に転んで後頭部を打った、ってことにして。

 警察にも届けられませんよね、こんなの。監視カメラを提出して証拠映像ですって、何の証拠にもなりゃしない。

 結局やられ損なんですけど……これ、何なんでしょうね。

 何だか、人型に見えるシミがついていて、気持ち悪いんですけど……。

 また急に現れて、後頭部を殴られるのも嫌ですし。

 ゴミとして捨てるのもなんですし……こういうの、どうしたらいいんですかね。

 まだ変なことがあって、子供がね……夜中に、壁に向かって話しかけてるんですよ。人と話してるみたいに。

 最初は妻が……あんなのでも母親が急にいなくなったから、って思ってたんですが、どうも違うらしいんです。

 同年輩の子供と話しているような感じでね。妻と話しているような感じじゃない。

 パイプがいつのまにか、ふだん寝てる部屋に移動しているってのも、気になりました。

 これで息子の身に何かあったら……口にするのも、嫌ですが……。

 早く処分しなければと、思っています。

0 件のコメント: