戦前の神職、特に私のような立場の神職はどうやって採用されていたのかなと思って調べていたところ、「府県社以下神社職任用規則」が見つかりました。
これが内務省から発令されたのは明治35年2月18日(内務省第四号)で、以後、昭和2年まで数度、改訂されています。
条文を見てみますと、社司・社掌になれるのは
・20歳以上の男子で、社司社掌試験の合格者
社司・社掌は小さめの神社の神主です。試験があったんですね。
・官国弊社神職試験に合格した者
・現に官国幣社の神職である者
・以前、官国幣社の神職だった者
官国幣社は、大きめの神社です。今でいうとそこの職員はキャリア組に近いでしょうか。以上、第一条まで。
そして、禁錮以上の刑に処せられたり、自己破産していたり、法律上の後見人が必要だったり、懲戒免官・免職の処分を受けたあと、二年が経過していなければ採用されることはありませんでした(第二条)。
試験については、まず各都道府県(ただし都は昭和15年以降ですね)ごとに試験委員長が一名、委員が五名置かれました。いずれも、北海道庁長官(この頃は知事ではない)や各府県知事に選任されました。
試験が実施されたら、その採点結果が委員長・委員から長官・知事に報告され、合格であれば長官・知事から合格証書が与えられました(以上第六条まで)。
試験の期日・場所は官報や広報、新聞その他に載ったようです(第七条)。
その科目は、
・祭式
・倫理
・国文(作文は祝詞公文体)
・国史
・法制(現行神社法令)
・算術
ちなみにこの問題を見たことありますが、論述ばっかりです。昨今のマークシートタイプの秀才には難しい問題ばかりです。
問題は、もちろん前述の試験委員が作成するので、都道府県によって問題が違っていたんですね。北海道は簡単だけど、青森は難しい、秋田はまあまあ、なんてこともあったかもしれませんが、憶測ながら、ある程度「この中からこんな問題を出す」なんて全国共通の内規のようなものはあったかもしれません(以上、第九条まで)。
この規則より更に細かい決まりは、北海道庁長官や府県知事が定める(第十条)、となっていたので、この部分で地方の実情に合わせていたのでしょう。
試験というと何だか難しいんだなと思いますが、試験委員の選考をへて無試験で社司・社掌になる人もいました。どんな人かというとまず、
・皇典講究所で学階を得た者
・判任待遇以上の職に在った者で、祝詞作文・祭式を修めた者
・皇典講究所の神職養成部神職教習科を卒業した者
「皇典講究所」はいわば神主学校です。
「判任」はいわば官吏の待遇を示すもので、正式な職員としては一番下です。
また、沖縄県では「大夫」「祝部」「権祝部」や「宮童」の職にあった者、そしてその相続人で祭式・国典を修めた者であれば、選考をへて無試験で社司・社掌になることができました。
沖縄のこのような人たちや、上記の判任待遇以上の人は、各種の講習を受けたんでしょうね。
また「官国幣社及神部署神職任用令」の第九条、一、二、三、五の各号に該当する者もこれに該当するそうなので、この任用令、調べてみました。
・現に伊勢の神宮で宮掌以上の職にある者
・五年以上官務に従事し、判任官以上の職にあった者で、祭式・国典を修めた者
・師範学校や中学校、高等女学校の国史または国文科の教員免許を持っていて、祭式を修めた者
・神宮皇学館(現皇學館大学)の本科・専科・普通科のいずれかを卒業した者
・中学校、またはそれと同等以上の学校を卒業した者で、祭式を修めた者
伊勢の神宮の宮掌(くじょう)というと、神職として脂が乗り始めた頃でしょうか。そこから地方の小さめの神社の神主になれる。当然と言えば当然です。
判任官以上の人については、ほぼ前述の官吏の人と同じですが、最初にあげた方は「判任官待遇以上」でした。正式でなくても「待遇」であればよかったのですが、修了しなければならない科目が、ちょっと違っていますね。
また、教員免許を持っていれば祭式を修了するだけでよかった、というのは面白いです。官吏の方も同じですが、今はこういうのはありませんので。
一方で、神宮皇学館も神主学校のひとつですので、こちらの方は当然、祭式や国典などを修了する必要はありません。
最後の中学校以上の学校を卒業した人、昔の中学校は五年制で今とは違うとはいっても、信じられませんよね。隔世の感があります。昔は教養の価値が今よりずっと高かったから、中学の卒業生が尊重されたということでしょうか(ここまで第十一条)。
事実上、最後の条文である第十二条は、事務手続きについてです。
神職に欠員ある場合、まず氏子、総代や崇敬者総代人などの人が、三十日以内に候補者を決め、本人の履歴書と資格証明書(上記の要件を満たしているかの確認のためでしょうね)を、北海道庁長官や府県知事に送り、推薦します。
ただし、現にどこかの神社に神職として奉職している場合には、すでに提出されているはずですから省略可能です。
問題なければ辞令が発せられる訳ですが、駄目だこりゃというときには、長官・知事は再度推薦を命じることができます。
第十三・十四条は参照した昭和2年のもので、すでに削除されているので分りません。
それより以下は附則で、十七条まであります。
参考までに、全文を掲げます。
第一条 年齢二十年以上ノ男子ニシテ社司社掌試験ニ及第シタル者ニアラサレハ社司社掌ニ補スルコ卜ヲ得ス
官国弊社神職試験ニ合格シタル者ハ官国幣社神職及神職タリシ者ハ試験ヲ要セス社司社掌ニ補スルコトヲ得
第二条 左ノ各号ノ一ニ該当スル者ハ社掌ノ試験ヲ受クルコトヲ得ス
一 禁錮以上ノ刑ニ処セラレタル者
二 身代限ノ処分ヲ受ケ債務ノ弁償ヲ終ヘサル者及家資分散若ハ破産ノ宣告ヲ受ケ其ノ確定シタルトキヨリ復権ノ決定確定スルニ至ル迄ノ者
三 禁治産者準禁治産者
四、懲戒免官及免職ノ処分ヲ受ケタル後二年ヲ経過セサル者
第三条 地方庁ニ社司、社掌試験委員長一名及社司社掌試験委員五名ヲ置キ社司社掌ノ試験ヲ行ハシム
第四条 社司、社掌試験委員長及社司社掌試験委員ハ北海道庁長官府県知事之ヲ選任スヘシ
第五条 社司、社掌試験委員及此規則ニ依リ試験ヲ施行シ試験委員長ヨリ其ノ成績ヲ北海道庁長官府県知事ニ具申スヘシ
第六条 北海道庁長官府県知事ハ前条ノ具申ニ依リ合格卜認ムル者ニ合格証書ヲ付与スヘシ
第七条 試験施行スルトキハ予メ其ノ試験期日及場所等官報公報又ハ新聞紙其ノ他便宜ノ方法ヲ公告スヘシ
第八条 社司、社掌ノ試験科目ハ左ノ如シ
一 祭式
二 倫理
三 国文 作文ハ祝詞体公文休
四 国史
五 法制 現行神社法令
六 算術
第九条 試験問題ハ社司社掌試験委員之ヲ定ム
第十条 此規則施行ニ必要ナル細則ハ北海道庁長官府県知事之ヲ定ム
第十一条 左ニ掲クル者ニ於テ第二条各号二該当セサル者ハ試験ヲ要セス社司社掌試験委員ノ銓衡ヲ経テ社司社掌二補スルコトヲ得
一 官国幣社及神部署神職任用令第九条一号一一号三号五号ニ掲クル者
二 皇典講究所ニ於テ内務大臣ノ認可ヲ得テ定メタル規則二依リ学階ヲ附与シタル者
三 判任待遇以上ノ職ニ在リシ者ニシテ祝詞作文祭式ヲ修メタル者
四 内務大臣ノ委託ニ依り開設セル皇典講究所神職養成部神職教習科卒業ノ者
五 沖縄県ニ在リテハ大夫祝部権祝部及宮童ノ職ニ在リシ者又ハ其ノ相続人ニシテ祭式及国典ヲ修ノタル者
第十二条 神社ニ神職ノ闕員アルトキハ氏子総代若ハ崇敬者総代人ハ三十日以内ニ其ノ候補者ノ履歴書及資格証明書ヲ具シ北海道庁長官府県知事二推薦スヘシ但シ現ニ其ノ管内ニ奉職スル者ニ在リテハ履歴書及資格証明書ヲ省クコ卜ヲ得北海道庁長官府県知事ハ候補者其ノ任ニ適セスト認ムルトキハ更ニ候補者ノ推薦ヲ命スヘシ此場合ニ於テハ氏子総代若ハ崇敬者総代前項ノ例ニ依リ之力推薦ヲ為スヘシ
第十三条 削除
第十四条 削除
附則
第十五条 本令ハ明治三十五年二月二十日ヨリ施行ス
第十六条 本令施行前ヨリ現ニ府社県社以下神社ノ神職タル者ハ本令ノ施行ニ依リ神職タルノ資格ヲ失フコトナシ
第十七条 明治二十八年内務省令第十号同年内務省第六五六号ハ本令施行ノ日ヨリ廃止ス
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