折口春洋六年祭祭文 折口信夫 昭和二十六年二月十八日
いまし命いまし命の六年と言ふ日の今日になりて思ひつらぬる数々のことゞもをいまし命を始め いまし命のうつしみの時の友垣たち聴きたまへとて言ふなり
戦ひにはてしわが子と 対ひゐし夢さめて後 身じろきもせず
と詠みし頃の心よ なほうつし世にかへり来むこともありなむとぞひそかには思ひけらし やがて
たゝかひに果てし我が子を かへせとぞ 言ふべき時と なりやしぬらむなど詠みいづる世となりては、遂にかへり来ぬ身となりはてし いまし命と思ふに、大き嘆きいくつかして、またく忘れ顔にありふることもありしか然(シカ)するほどに年は経ゆきて、戦ひの世を忘れ果てたる如く、西し、東し、ほゝけ遊びする若き人々の中に、いまし命に似たる顔を見えでゝ、驚くこともありき
たゝかひにはてしわが子を悔いなけど、人とがめねば なほぞ悲しき
戦ひは遂に空しく 戦ひに果てし人は更に空しく ひたぶるにすさびゆく人の世に、汝が友垣若き誰彼相集ひて、汝を思ひしのぶる言草を聞けば 戦ひに果てしわが子のおくつきも 守る人なけむ わが過ぎゆかばと詠みて悲しみしも、我どち老い痴れ人のねぢけ心よりする思ひあやまちにぞありける いましも、いまし命の墓はこの人々いよゝしるく標(シメ)たてむ、いまし命の名はこの人々のあらむ限りほろぼさじとぞ思ふいまし命 いよゝやすらに、いよゝ平らに、今日の集ひに、歌よみ、うたげ遊ぶ心のうちの清くさやけき一筋のかなしみをうけたまへとまをす
この祝詞は『折口信夫全集27巻』(中央公論社、平成9年)によります。
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