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2019/05/21

相内の災害史

 こんにちは。昨日の強風が止んだと思ったら、今日はひさしぶりに雨もようの天気です。

 先日、北見市の洪水ハザードマップが投函されていたので、見てみますと、相内神社の御鎮座地は、百年に一度の豪雨では浸水せず(画像)、千年に一度では50センチから3メートル未満、となっていました。

 ここ数日、南日本での豪雨や東京でも五十年に一度の大雨があり、そんな中でハザードマップが投函されたので、タイムリーというと叱られてしまうかもしれませんが、このような事情で防災について考えさせられました。

 北見市にもどりますと市街地南方の無加川はなかなか氾濫しないようですが、広く氏子区域全体を見ると田んぼや畑が多いので、許容量を越えて水があふれる、ということなのでしょう。日ごろから防災意識を持たねばと思っているところであります。

 それに加えてことしは亥年、災害が多いという話をちらほら聞きます。そこでちょっと過去が気になりましたので『相内村史年表』をもとに、自然災害の歴史をふりかえってみたいと考えた次第であります(ただし同書は旧相内村関連の年表ですので、期間は明治末~昭和32年まで)。

晩霜と早霜

明治41年(1908) 7月1日に降霜。
大正2年(1913) 6月27日の霜で農作物全滅、秋には9月15日に早くも霜が降りる。
大正11年(1922) 6月27日に霜が降りる。
昭和15年(1940) 早霜で水田が平年の半作に。
昭和29年(1954) 8月に霜が降りる。

冷害

大正15年(1926) 冷害と雹害が多く、稲穂が立ち枯れ。
昭和6年(1931)~7年(1932) 夏期低温で稲作、畑作とも大打撃。
昭和20年(1945) 主要作物の収穫が皆無。
昭和31年(1956) 6月と8月が特に寒く、夏季の降雨量が平年の二倍。

水害

明治31年(1898) 9月7日から8日にかけ集中豪雨、河川氾濫。
明治42年(1909) 豪雨で河川氾濫。
大正2年(1913) 8月27日より28日にかけ暴風雨、河川氾濫。
大正11年(1922) 8月23日より豪雨、武華(無加)川が氾濫して橋が落ちる。鉄道が不通に。農地の被害も甚大。

吹雪・大雪

大正11年(1922)5月5日 季節外れの大雪。
昭和21年(1946)3月8日~9日 北相内国民学校(当時)休校。
昭和29年(1954)1月30日 北相内小学校(当時)休校。
昭和32年(1957)3月10日 富里小学校(当時)が四日間休校。

 こうして見ると、上記期間では相内において「亥年は災害が多い」とはいえないようです。

 私がこちらに赴任する前ですが、15年前の平成16年、1月13日夜から16日にかけ171センチメートルの降雪があったと、いまでも語り草になっています。雪がやんだから即元通りの生活となるわけではなく、除雪に一週間以上かかったそうです。これは150年に一度の豪雪だったとのこと。

 また昨年の大地震で、北海道内皆、停電したのも記憶に新しいところ。この周辺では大きな地震はないのですが、備えあれば憂いなしで、このハザードマップも社務所に貼っておくことにいたします。

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