百物語 第四十二夜
川上の亡魂火
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
僕のじいちゃんが小学生だった頃のことなんで、大正の終わりか昭和の初めくらいの話です。
当時、じいちゃんは近所に住む漁師を手伝ってたそうなんです。
いいえ、海じゃありません。もともと僕の実家は茨城の方にありまして、漁をするのは利根川。
利根川なんですけれども、住んでたのは玉川ってところで……ああ、混乱させちゃいますね。これは忘れてください。
ある年の秋、夜のことです。
じいちゃんとその漁師さんが舟に乗りまして、川に漕ぎだしていった。
ちょっと流れを見ようってことで、舟の上で仮眠をとることにしてしばらくたつと、なにかシャンシャンいう音がする。
薄い金属の板がこすれあうような音だったといいます。
それでじいちゃんが目を覚まして上半身を起こすと、川の上に火の玉がいくつも浮かんでいる。
ウワッと声をあげると、漁師さんも身体を起こして、水面を見た。
「火の玉……火の玉」じいちゃんがかろうじていうと、
「ああ……ありゃ、溺れ死んだもんの亡霊だ。あれが出ると、大漁まちがいなしっていわれとる……おお、なんだおめえ、震えとんのか。めったなことじゃ、なにもしてこんから心配するな」
そうはいわれても、やっぱり怖い。
近づいてきて舟の周囲をグルグル回っている火の玉もある。
「珍しいな、こんないい天気なのに……雨もよいの日によく出るもんなんだが」
その瞬間ドーン、と……火の玉が舟の上に入ってきて、グラグラ揺れた。
漁師さん、まずいっと叫び、慌てたようすでオールをとって飛び込んできた火の玉を叩いた。
すると火の玉が分裂して、あろうことかそれぞれが舟の上をピョンピョン跳ねまわりだしたんです。
漁師さんは獣じみた奇ッ怪な声をあげつつオールを振り回して、火の玉をつぎつぎに舟の外へと叩きだす。
じいちゃんはもう怖くてたまらないので、漁師さんにぴったり身体をくっつけ、固唾をのんでその様子を見守った。
ずいぶん空振りしたし、火の玉からすすんでオールに当ってくるようなこともあって、そんな格闘を三十分ほどもつづけて、ようやくすべて川の上に追い出したそうです。
それで……じいちゃんはともかく、漁師さんはもう疲れきってしまいましてね、今晩はもうやめだって帰ることにしました。
お駄賃はやるから心配するなって、じいちゃんを安心させましてね。
しかし、とうとうお駄賃はもらえずじまいに終わった。
ええ、そうです。漁師さん、翌朝ぶったおれて、そのまま死んでしまったそうなんです。
一方、じいちゃんの身にはなにごともなく、それから成人して戦争にも行ったけれども、無事帰ってきています。
それでいまでも「守ってくれたから」って、その漁師さんの墓参りに行くんですよね。
もう足下なんかヨッタヨッタしてるしじぶんじゃほとんど歩けないんですけど、命日になったら行くっていってきかない。
ええ、そうそう。利根川の玉川にね。
ああ、ひとついい忘れてました。
漁師さんが亡くなった日に、じいちゃんはそのときに乗った舟のようすを見に行ったんですね。
すると、なんだか小さな骨らしきものが散らばっていました。
近づいてみると、ノドボトケらしい。
どうやって見ても、みんなノドボトケだと分かった。
それが、十も二十も散らばっている。
幻覚じゃない、まして魚の骨なんかじゃないって、じいちゃんはいい張ってるんですけどね。
かりに、その火の玉の本体だとしても……なぜ、ノドボトケなんでしょうかね。
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