百物語 第四十三夜
生首
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
今は全然なんだけど、一時期、わりと生首を見たのね。
「生首」っていうけど「生」じゃない……って、当り前か。
だいたい「首」って、ネックレスをかける部分のことをいう場合もあれば、首から上を指す場合もあるよね。
私が見ていたのは首から上の方。よくあるパターンよね。
時代劇じゃあるまいし、昔の方が怨念いっぱいの表情を浮かべて、あたりを飛んでるのを見た、何というのはないの。
見た感じじゃ、最近の人ばっかりね。
もう一年前くらいになるけど、休みの日だからって、ちょっと近くの町まで行ってランチにしようって車を走らせていたらさ、ボンネットに生首が乗ったんですよね。
いきなりですよ、ドン、と。
すごい衝撃でね、上から何か落っこってきたかと思って、ブレーキを踏んだの。
でも、違った。
次の瞬間、助手席前のフロントガラスに貼りつくようにして、生首がいたのね。
ボブカットの女性で、血を流していました。
それが強烈でね、鼻から下は刃物か何かで、えぐられたようになっているし、口の中が丸見えで、血で真っ赤だったし。たぶんそれで、歯が妙に白く見えた。
完全に停車したわけじゃなかったから、そのままするするとスピードをあげて、何とか運転しつづけたのね。
いや、もう完全に無視。無視よ。おどかされて腹が立ったしね。
七十か八十か、それくらいで走ったんだけど、落ちもしないし、それどころか動きもしない。
これって、変よね。ボンネットに衝撃があったってことは、物質なわけでしょ? 物質だったら、こんなにスピード出してるんだから、走ってる車から落ちて当然じゃない。まさか血のりが乾いて、車体に固定されたわけでもないし、って。
理屈っぽいかな? ただ、都合のいいときは物質で、都合の悪いときは物質じゃなくなるって、ずいぶん身勝手じゃない。そういいたいだけ。
そのままずっと無視して、いないものとして運転していたらね、隣町に入る頃にはいなくなっていた。
視線を感じてたから、ずっとこっちを見てたみたいね。
意地でも見てやるか、って思ったんだけど。
着いてから車に異常がないか確かめてみたら、全く問題なくてね。へこんでもいないし、血もついていなかったの。だから、何か落ちてきたのを、生首と見間違えたわけじゃないようよ。
さすがに、あんなものを一瞬でも見たあとだから、食欲があまりなくなってた。それも腹が立ったんだけどね。
ううん。そんなことない。生首が落っこってきたのは交通事故があった場所でもないし、それ以外でも人が亡くなったところってわけじゃない。
生首なんて、どこにいても落っこってくるわよ。
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