百物語 第七十四夜
マツリノマネ
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
あなたは、お祭りに行ったことがありますか?
当然、ありますよね。行ったことがない、なんて人は、聞いたことがありません。
夜なのに大人から子供までたくさん集まって、わいわい、がやがやと……。オレンジ色の明かりのもと、金魚すくい、スマートボール、輪投げ、射的……どれかひとつは、やったことがあるでしょう。
わたあめを買って、おめんをかぶって……楽しいですよね。
でも、実はそれ、お祭りじゃないんです。
お祭りじゃない、というと誤解を招きますか。では、お祭りのほんの一部といい換えておきましょう。
じゃあ、本当のお祭りは……というと、神社の中で神主さんが行う神事のことなんです。
ですから露店やらなんやらは、おまけみたいなものです。
今は○○祭、なんていって、ただのバーゲンセールを初め、神社と関係ないところでもやっていますが、それは本来のお祭りじゃあありません。むしろ、真っ赤な偽物といえるでしょう。
「秋の感謝祭」といったら、かつては神様に秋の恵みを感謝するお祭りだったのが、今ではお店がお客さんに感謝の気持ちを込めて安く物を売る、そんな使い方をしています。
僕がこんな話をするのはなぜかというと、他ならぬ僕自身も、最近になって初めてこのことを知ったからなんです。
それで今日は、警告の意味を込めてこの話をしようと思ったのです。
昨年、僕が住む町の商工会で、この○○祭というのを企画したんです。
○○の部分は、ご想像にお任せします。
大通りの商店街を二キロばかり通行止めにして歩行者天国にし、テントをいっぱい並べましてね、地元の特産品を安く売ったり、調理したものを出して。
駅前の特設ステージでは、ゆるキャラや、戦隊ヒーローのショーも行いました。
要は、地元のPR。観光客をできるだけ呼び込もうという狙いなんです。
ええ、そうです。これは、神様のいないお祭りでした。本来のお祭りでない、お祭り。
いえいえ、僕は何も批判しているんじゃないのです。
きょうび、過疎化していない地方なんて、ほとんどないでしょう。
限界集落、なんて言葉を聞いたこともあります。子供を生める年齢の女性がおらず、お年寄りしかいない。
人口が増える要素が全くない。
あとは徐々に人口が減ってゆく……でも、そんな極端な例をあげなくたって、どの地方も早いか遅いかだけで、みんな似たような経過をたどる恐れがあるというではありませんか。
そんな状況の中、知恵をしぼって、なにか人を呼べるような企画を立てることは大事でしょう。
ただ、無知からだとはいえ、お祭りと名前をつけてしまったことで、こんな悲劇が起きてしまった、ということをいいたいんです。
最悪だったのは、この商工会独自のお神輿をつくって、みんなでかつごうという試み。
これがなければ、ちょっとは違っていたかもしれません。
そのお神輿というのは、かたちこそ神社のようではありましたけれど、角材にベニヤ板を貼って色をつけただけ。
それを商工会の若い人が中心になって、かついでまわる。
僕もその様子を見ていました。みなお揃いのハッピをつけて、頭には鉢巻、足には地下足袋。
格好だけは神社のお祭りとそう変わりません。
それに、子供たちもその行列に加わって、とてもにぎやかでした。
ですが、彼らがかつぐお神輿ときたら……ハリボテもいいところでした。
そんなハリボテじゃなく、本物のお神輿の中って、どうなってると思いますか?
中は、空洞になっているんですよ。
そこに神社の御神体を移して、練り歩くわけです。
じゃあ、急ごしらえのハリボテのお神輿には……なにが入っていたんでしょうか。
ええ、僕は知ってるんです。恥ずかしながら、父が商工会のその企画に関わっていたものですから。
さすがに、ご神体を貸してくださいと神主さんに頼むことなんてできませんよね。
商工会の若い人が神社の前に敷いてある砂利の中から、石を持ってきて……それを、中に入れてご神体の代わりとしたそうなんです。
よくは分かりませんが、神社のお祭りではご神体を移すとき、専門の儀式をするといいます。
でも、これは商工会の○○祭。
そんな儀式なんてしませんでしたし、儀式が必要なんてだれも思わなかったんでしょう。
ただ、商工会のメンバーのひとりが神社の境内に行って、石を持ってきてハリボテのお神輿に入れた。
それだけです。
神社に行ったときも、きっと、お参りなんかしなかったんじゃないでしょうか。
その日、お神輿をかついでまわったときには、なにも問題ありませんでした。
怪我人もおらず、小さい子は喜んでいたし、表面上は大成功でした。
でも翌日から、このお神輿をかついでいた人がつぎつぎに、病気になったんです。
下痢、嘔吐、腹痛、発熱……みんな同じ症状でした。
ああ、そうですね……そうなんです。食中毒に似ていますよね。
僕の住む町の人々も、そう疑った。
僕の町のとある特産品……これは、当日だれもがいちどは口に入れています。
そのせいで食中毒ってことにでもなったら、町興しどころか売上がガクンと落ちてしまっていたことでしょう。
お医者さんもそう思ったそうです。ひとり、またひとりとかつぎ込まれてくる患者を診て、食中毒を疑った。
でも、そうじゃなかったんです。
調べてみても、食中毒の症状を引き起こすような菌が、見つからなかったんです。
車で二時間ほどの場所にある医大まで行った人にしても、食中毒のようだがちがう、といわれてそのまま入院させられました。
あとは毎日、検査、検査、検査……新種の菌かもしれないということで調べられ、たいへんだったそうです。
そして、ほとんどの人は一か月ばかり入院して……原因が特定できないまま、体調がもとにもどったということで退院してきたそうなんです。
ええ、死んだ人はいません。
幸いにも、といっていいものか、どうか。その幸いは、不幸中の幸いというべきものでしょう。
ただ、お神輿を……ハリボテのお神輿をかついだ人たちがみんな具合を悪くして、しかも同じ症状だってことに気づくまで、そう長い時間はかからなかった、とだけ、いっておきましょう。
うん、偶然そんなことになった、ということもできます。
偶然に偶然が重なって、そんなことになった。
あるいは、それこそ未知の菌で……あはは。そっちの方が恐ろしいかもしれません。
お神輿をかついだことなんて関係ない、という人も現にいたんです。
とはいえ、お神輿をかつぐ真似なんてしたからだという声が圧倒的に多かったのも確かです。
この話は……終わってはいないのかもしれませんが、これで終わりです。
今話せるのはここまでです。
ああ、そうですね。
そうです、そうです。現在進行中の話。
少なくとも来年はもう、偽物のお神輿なんて出ないでしょう。
商工会の若い人たちって個人事業主がほとんどですから、店の方をしばらく休まなければならなかった。
いま、みんな資金繰りやらなんやらで、たいへんだそうです。
もしかすると、店を閉めなければならないところも出てくるかもしれません。
それにしても気になるのは、ご神体の代わりにした石がどうなったのか。
気になりませんか? 気になりますよね。
でも、残念ながら、僕も知らないんです。
父に聞いても、分からないといいます。
神社に行って石を拾ってきた人は、今も入院中なんですよ。
○○祭の翌日に倒れて、入院したんです。
症状は先にいったように、食中毒のようだがちがう、といいます。
倒れた直後に意識を失ってしまって、今も目をさましていないそうです。
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