百物語 第九十二夜
角の生えた藁人形2
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
そりゃあ、最初からヤバいもんだって、わかってましたよ。ほんとに。
でも、仕事なんだし、しょうがないじゃないですか。
私が勤めてるところって、お焚き上げもやってるんだから「これはまずいだろうって」ってもの、確かにきますよ。
明らかに血を吸ってる掛軸とか、死臭を放っている着物とか。
ただ、それって、まれなことなんです。
長年勤めている人だって、何十年に一回あるかないかって言ってましたよ。
私、受付を担当しただけなんですよ。
ええ、その人、取り乱してる感じでしたよ。筋道は通ってたけど、わけのわからない話をまくしたてるし、申込書に名前を書いてもらったら、字は震えてるし。お金もらったら規定の料金以上だったけど、おつりはいらないって逃げるように……ほんとに、逃げるように帰ってしまった。
そうして私は預ってしまった。
角のある藁人形を預った。
それだけなんですよ。ほんとに。
いやいや、くりかえしますけど一度、見ただけで、まずいもんだって気づきましたよ。鈍い私でも。
同じ部屋にいると息苦しくなるし、見てたら鳥肌がたってくるし。
あずかったものを一時まとめておくスペースがあるんですが、そこには置きませんでした。そこ、同じ部屋ですし。
ある程度まとまったら、別室に移動するんです。その別な部屋へすぐに持っていきましたよ。触るのもイヤだから軍手をはめてね。別な人が持ってきたのがダンボールに入ってたんで、藁人形を放り込んで。ついでに軍手も。
それでもう、忘れてたんです。仕事が終わって、家に帰って、ごはんつくったり、掃除してたりしているうちに忘れてたんですよね。
そんなもの、記憶から消去してしまいたかったのかもしれません。
そのままお風呂に入って、あすの準備を済ませて布団に入って……と、ここまでは、いつもどおりだったんですが。
夜中に、目が覚めたんですね。
私は壁に向かって、何かを話しかけていました。
いえ、壁には何もないんです。部屋の出入口のすぐ横で、家具も置いてないし、ポスターのたぐいを貼ってあるわけでもありません。
その何もない壁が、ふと気づくと目の前にあった。
そして……黒ずんだ藁人形が、壁にかかってたんです。
いえ、釘で打ちつけられてたんじゃなくて、画びょうで刺されていました。
よくあるタイプの画びょうではなく、針の部分が長かった。
それが、顔、胸、腹に刺さっていた。
まぎれもなく昼間、仕事中に引き取った藁人形でした。
この時点でもう、私は私の正気というものに自信が持てなくなったんです。
もしかすると、藁人形を一時保管する部屋に置いたつもりで、無意識にカバンにでも入れて、持ってきたのかもしれない。
そして、画びょうで寝室の壁に刺しておいたのかもしれない。
工事現場の事務所でつかうような大きい画びょうなんて、家にはないはずでした。
私は仕事の帰り、それをどこかの専門店か何かで買い求めて、三本だけ藁人形に刺して、残りはどこかに捨てたんじゃないか。
いや、誰か私を嫌ってる人が藁人形を嫌がらせのために持ってきて、うちに無断侵入して……。それにしても、鍵をかけていたし、窓も閉まっていたし……。でもいったい誰が……。
色々なことが、つぎつぎに頭に浮かんできて、おかしくなりそうでした。
とにかくあすも仕事なんだからと、リビングに布団を移動して何とか寝ました。
深い眠りにはつけませんでしたが、ときどき意識を失って、ちょっとしたら目がさめて、壁の前にいるんじゃない、布団の中にいるのを確かめて安心する、というのをくりかえしているうち、朝になりました。
寝室に行って、おそるおそる見てみると……やっぱり、それは壁にありました。
夢じゃなかったんです。
それだけ確認すると私は急いで支度をととのえて、出勤しました。
会社について最初にしたのは、藁人形の所在の確認です。
ええ……やっぱり、私の置いた場所に、藁人形はありませんでした。
藁人形にふれるときにはめた軍手の方は、残っていたのに。
ですから、これは勝手に私の家に移動してきたか、誰か私に悪意を持っている人が家に侵入して壁に……いや、どっちでもいいんです。とにかく、これが私に近づいてこないようにしたいんです。
引き取ってもらえますよね? もちろんお布施は払いますから。
ああ、この藁人形を持ち込んだ人の家に、行ってみたんです。連絡がとれないので。
何とか返せるかもしれない、なんて甘いことを思ってたんですが。
でも、家にもいなくて、鍵がかかっていました。いちおう携帯にかけてみたら、家の中で着信音らしい音がしていました。何度かかけるたびに、その音楽がけっこうなボリュームで聞こえる。玄関か、あがってすぐのところか、近くに携帯があったんでしょう。
その音楽が『夢見るシャンソン人形』なんですよ。
おあつらえむき、じゃないですか。
そんなバカなって思って、何回もかけたんですよ。
でも、やっぱり『夢見るシャンソン人形』だったんです。まちがいなく。フランス・ギャルの唄ってる、まあ原版ですよね。
それが聴こえてきていた。
『夢見るシャンソン人形』って、原詞では蝋人形らしいんですが……。
いや、いや。話しすぎました。もう、これくらいで。
とにかく、これ……お布施です。ここに置いておきますので、どうかお願いします。
それじゃあ、失礼します。
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