百物語 第九十三夜
角の生えた藁人形3
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
どうしてうちに持ってきたのか、わからないんですよね。
檀家さんでもないし、うちは別に名前の通ったお寺ってわけでもないのに。
一般の人には、檀家寺とか祈祷寺とかいっても、ピンとこないだろうし。まあ、近くの寺だからって、持ってきたんでしょうね。
いやいや、ちゃんとお経は読みましたよ。儀軌にのっとってね、そう、次第がありますから。
おたくの会社に持って帰って、すぐ火入れしてもらって大丈夫。
だいたい、見るからに念のこもっているような、忌まわしいものですからね、これは。こっちに何かあっても嫌ですし。念入りに供養しました。
ああ、箱は開けないでください。開けない方がいい。そのままお持ちください。
まちがいなく、くだんの藁人形、入ってるから……振ったり、ゆすったりもしない方がいいね。
よけいなお世話だけど、あなたまだ若いんだから、こういうことからはなるべく離れて、何も経験しない方がいい。そういう機会のない方がいい。やっぱり取り返しのつかないことって、ありますから。
私も霊感があるわけじゃないんだけど、長年やってると、たまにはね、こういうことがある。
人が亡くなったのを弔って生活させていただいてるわけですから、その人の思い、感情のようなものが伝わってくるようなことはありますよ。
でも、これはね……ふつうに亡くなった方の気持ちが残っている、そんな生易しいもんじゃない。
悪意を感じるんですよ。
いつのものかは、わかりません。この角の生えた藁人形そのものは、もちろん物質なんですから、何百年も前のものではないでしょう。
せいぜい数十年くらいでしょうが……それにしても、こんなふうに黒ずんでいて、かろうじて藁でできているってわかるくらいで……誰が見ても禍々しいもんだって、わかるくらいですよね。
脅かすようで申し訳ないけど、正直なところ私の供養が、ちゃんとできているかはわからないんです。
いやあ……くりかえすけれども、きちんとやりましたよ。
きちんとね。
でも、怒った人をなだめたのが、かえって怒らせた……。人間関係だって、そんなこともあるんだから。
だからこうして、封印したんです。万一のことを考えてね。
そういうものなので、この箱は絶対に開けないでください。
直接、手に触れたり、見たりするのさえ、よくないはずですから。
いちおうお話ししておくと、お経を読んでいる途中、確かに奇妙なことがあった。
ほら、この壇の上に置いておいたんだけど、そこでね……何だか大きくなったり、小さくなったりするんだ。いや、そこまでじゃない。呼吸してるような感じで、ふくらんで、しぼんで、っていう方が近いかもしれない。
それに合わせて、御本尊のろうそくが両方とも、一気に燃え上がったんですよね。うん、これくらい……床から二メートルくらいかな。このろうそく、五十センチくらいだから、けっこうな炎でしたよ。
読経中にろうそくの炎が、って、けっこうあることなんですよ。でも、そこまで火があがったことなんてなかった。
私はこのろうそくの炎、御仏からの働きかけ、お示しだと思ってるんですがね。
今回は、どうとらえたらいいか……。「おまえの供養を確かに受けたぞ」というのとは、違っているかもしれない。
「これはまずいものだから、気をつけろ」と、お示しくださったのかもしれない。
いやいや、おどかしてすみませんね……恐らくこれは、浄火で燃やせばそれで終わりでしょう。
ただ、火ですからね。実際に火を扱う人には、くれぐれも気をつけて。
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