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2019/09/13

角の生えた藁人形1

百物語 第九十一夜

角の生えた藁人形1


※怪談です。苦手な方はご注意ください。






 初めは、そんなに気にしていなかったんですよね。これって、よくあることなんじゃないの、って。

 でも、それはほんの最初だけのことでした。

 そのとき四歳だった私の息子が、夜中に起きて、壁に向かって何かをしゃべっているのを見つけたんですよね。

 うん、そうね。そうです。ぜんぜん起きているときと変わらない感じで。私はたまたまトイレに行く途中で、息子の声を聞いたんです。戸をしめていたのに聞こえるくらいだから、かなり大きい声でした。

 私の部屋の方はドアをいつも開け放しにしていましたから、もしかしたら息子の声で目をさましたのかもしれません。

 息子の部屋に入ってみると、息子はベッドを下りているし、ときどき笑いながら会話してるようなんで、この子はまあ、寝ぼけちゃって……と思いながら、声をかけたんです。

 何やってるの? ってね。そしたら息子は、

「〇〇さんと話してる」っていうんです。

「〇〇さんって? 誰もいないじゃない」

 確かに、そんな人は見当たらない。夢でも見てるんじゃないかって、息子の顔をのぞきこむと、見上げるように壁を見ていて、まるで誰かがそこにいるように話している。

 今日も幼稚園に行ったよ、とか、お昼にウィンナーを食べたよ、とか……何か聞かれて、それに返事をしているようでした。

 というのも、息子はけっこうな頻度で「わかんない」というんです。誰かに何か尋ねられて、それがわからないとなると、あまり考えもせずに「わかんない」と答える。そんな傾向があったんです。

 そのときも「わかんない」を連発していたので、ああ、誰かに何か聞かれてるみたいだって思って、薄気味悪くなりました。こんなとき、夫がいればと思いました。あいにく単身赴任中だったんです。

「そんな人、いないよ。もう寝ようよ。寝なきゃダメよ」と、私は恐る恐る声をかけました。

 壁には本当に何もなかったんです。ポスターなんかも貼っていないし、本棚も家具もありません。

 何度いっても息子の耳には全く入っていないようだったので、両脇の下に手を入れて、抱えこむように無理やりベッドにもどしました。

 なぜか息子の身体は根を張ったように重くなっていて、いつもの二、三倍くらいに感じられました。

 私も怖くなってきていたので、手足をバタバタするのを押さえつけるようにして、何とか布団に入れたんです。

 でも、このままこの部屋に息子を置いておいてよいのだろうか、私の部屋で寝かせた方がいいんじゃないかってのは、ありました。

 いえ、しばらく見守ったんですよ、もちろん。

 息子は、すぐに寝入りました。

 さっきまでのは何だったんだってくらい、あどけない寝顔で。

 壁をもう一度、見ました。怖かったけれど、そばに近づいて、何かが人の顔に、人の姿に見えるんじゃないかって、角度を変えて見たり、息子の座っていたところから見上げてみました。

 でも、全く変わったところはありませんでした。

 一時間くらい、そうしていたでしょうか。

 安心してじぶんの部屋にもどったはずなのですが……やっぱり、となりの息子の部屋が気になって、何度か起きるのをくりかえしつつ翌朝を迎えました。

 いえ、聞きませんでしたよ。怖くて。息子が憶えていたかどうか、確かめませんでした。憶えていないなら夢を見ていた、寝ぼけていたで済んだわけですけれども、憶えていたとしたら……。

 翌日の晩も、息子は大声で壁に向かって何かを話しかけていました。

 私は寝入りばなだったのですが、すぐに起きて、息子をじぶんの部屋へと移動させました。

 その日はそれで済んだのですが、次の日の夜には、息子は私の部屋の寝床を抜け出して、また壁に向かっていました。

 四歳の子供が、ですよ? 平均よりも発育が遅くて、ちょっと背伸びしないとドアノブに手がかからないくらいなのに、何とかドアを開けて廊下に出て、今度は息子の部屋のドアノブを……。そこまで息子をかりたてる何かが、私には怖くてたまりませんでした。

 鍵はかかるようになっていないんです。どっちの部屋も。

 別な部屋で寝させてみたり、部屋の出入口に障害物を置いたりしましたが、全く無意味でした。

 私が眠りにつくと、しばらくしたら息子は起き出して、やっぱりじぶんの部屋に行き、壁に向かって誰かと話している……。

 そんな日が何日も続いて、私は参ってしまいました。

 息子の方は、それ以外はふだんと変わりなかったんです。ごはんもきちんと食べるし、幼稚園にも楽しく通っているようすでした。

 私は思い余って、家にあるいちばん大きいハンマーを持って息子の部屋へ行き、壁を壊しました。

 なかなか壊れませんでしたが、ときどき休み休みしつつハンマーを叩きつけているうちに、ようやくボロボロと壁面が落ちるようになりました。

 どうやら壁の向こうにちょっとした隙間があるようで、 配線のたぐいが上の方にあるのが見えました。

 そこで私、見つけちゃったんですよね、これを。

 何かが打ちつけられてる、何だろうって、まわりの壁面をよけてみると、これがあったんです。

 これ、何なんでしょうね。

 ちょうど息子が見上げていたらしいところに、これがあったんです。

 やっぱり、これのせいですよね? これがなくなったら、息子は元に戻りますよね?

 見かけは藁人形みたいで不気味ですが……。よくいう藁人形とは、ちょっと違うような気もします。

 角の生えた藁人形って何か、いわれのあるものなのでしょうか……。知りたいとも思いませんけれども。

 いいえ、ハウスメーカーに聞いてみたんです。注文住宅で、こんなことがあるなんてって、クレームのひとつもいいたいくらいでしたから。そしたら、工事を担当した業者がつぶれてしまって、連絡先がわからないっていうんです。

 だから、何でこんなものが壁のうしろに打ちつけられていたのか、わからないんです。

 これ、お焚き上げっていうんですか?

 引き取ってもらえますよね?

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