百物語 第九十四夜
角の生えた藁人形4
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
どうして、これがもどってきたのか……。
本当にもう、まいっちゃってるんです……。
いいえ、確かに私も、お焚き上げの業者にただこれを置いてっただけなんで、あとは逃げるように帰ってきたんで、ちょっと悪いなとは思ったんです。本当に、そう思ってたんです。
それにしてもですよ、その業者、絶対に適当なことをしたに決まってます。
え? もどってきたっていうのは、ありえないってじぶんではわかってるんですけど、これが、この人形が、壊した壁の中にあって。最初に見つけた壁のところに、箱に入った状態であって。
いいえ、落ち着いています。落ち着いていますよ。
箱の部分は接着剤か何かで、ベッタリくっついたようになっていました。
はい、ふたは開いていました。下に落ちてました。
この藁人形、こう……手を広げた状態で、壁、じっさいには箱の中ですけれども、背中をもたれるようにして立っていました。
ああ、思い出させないでください。思い出せないで。本当に、思い出させないでください。
無理は承知でお願いします。本当に、お願いします。
このままだと私、どうにかなっちゃいそうで。いや、もうどうにかなってるかもしれません。
人形が話しかけてくるような気がするんです。いまも。そうです、いまもです。話しかけているような気がする。箱の中で、何か言っているような気がする。
フランス語のような気がするんです。
いままで習ったことなんて、ないんですけれども……。なぜか、フランス語なんじゃないかって気がします。
いまは、そんな気がするだけで済んでいます。でも、そのうち絶対に何を言ってるのかわかるようになりそうで、怖いんです。
はい、私は子供をつれて、もう家を出ています。だって、またこの藁人形がもどってきたら、怖いじゃないですか。
もどってくるとしたら、私の家に決まってるじゃないですか。
ああ、ほら、いま……聞こえますか?
「ンダスケ、マイネ」って言ったような気がするんですけど、これ、私の気のせいですよね?
何も聞こえてないですよね?
どうして黙ってるんですか?
さっきからそんな顔して……何とか、言ってください。
まさか、本当にこの藁人形、しゃべってるんじゃないんでしょうね。
いま、こうやって……これが何か言っているのが、あなたにも聞こえてるんだとしたら、これは本当にまずいものなんでしょうね。
私だけが聞こえてるんだとしたら、ストレスで幻聴が聞こえだしてるとか何とか、そんなところですよね? もしかしたら統合失調症にかかっちゃったのかもしれませんけど。
いいえ、私が病気だったとしても、そんなこともやっぱり、どうでもいいんです。
とにかく、これをどうにかして欲しいだけなんです。
あなた、陰陽師なんでしょう? 本物の。
ネットであなたがそう言ってたから、ここにきたんです。
何とか流の何代目宗家とか何とか……あれ、嘘なんですか?
そうですか。本当なんですね。絶対に、本当なんですね。
本物の陰陽師。それなら、この藁人形を置いていっても、きちんとしてくれますよね? 少なくとも、私や私の家族に何かが起きるようなことはもうありませんよね?
お金なら、ここに用意してあります。ネットで調べて、これくらいが相場だって書いてあったもんですから。
いやいやいや……そんなことどうでもいいんです。方法はどうでも。
はいはい、祝詞でも式神でも、好きなようにしてください。
とにかく、私のところに二度とこれが、もどってこなければいいんです。そうして欲しいんです。
これがもし私のところに、またもどってきたとしたら、訴えますよ。
偽物だって。
詐欺だって。
ネットでも、あちこちで言いふらしますよ。
本当にもう……これのせいで、私はもうめちゃくちゃなんです。
そろそろ子供を迎えに行かなきゃならないんで、このへんで……どうか、よろしくお願いします。
本当に、お願いします。
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