百物語 第九十五夜
角の生えた藁人形5
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
くだんの藁人形が、これです。
あまりじっくり見ない方がいいですよ。私だって、こんなに禍々しいもの、そうそう見るもんじゃありません。
いいですか? もう、ふたを閉めますよ。
いちどどこかのお寺さんが封印したらしいんですけど、それを破ったらしくてね。ええ、じぶんで。
そして、最初に預けた人のところに戻ってきたっていう……。
何でも、夜中にその人のお子さんが、壁に向かって話しかけてた、っていうんですね。それが毎晩つづいて、どうもお子さんの方も心身とも変調をきたしてきたっていうし、その人も壁に何かあるって、思い切って壁を壊した。
そうして見てみたら、これが壁の隙間にあったと。
その人、お焚き上げの業者さんに持っていったらしいんです。
その業者の名前を聞いて、たずねてみたところが……その業者さんは、お寺さんに持って行った。やっぱり最初の人と似たようなことがあって、これはもう、じぶんの会社では処理できない、そんなことして何かあったら困るからってね。
ところが、お寺さんの方では、きちんとやったのかどうか、どうも供養にも何にも、ならなかったらしい。その人が悪いんじゃなくて、この藁人形が悪すぎたんです。
それで、最初の人のところに戻った、とまあ、こういう経緯のようですね。
そうですか。これは結局何なのか、とおっしゃる。
いえいえ、誰にでも好奇心て、ありますからね、いいんですよ。
私の見立てでは、すでに亡くなった方の魂をとどめておいたもの。おそらくは、子供の魂、最愛の子供の魂を。
はい、ずいぶん昔のものでしょうね。昔は子供のうちに亡くなってしまうのが、当り前とはいわないけれど、今よりもずっと多かった。
その上に、「家」というものがありますからね。
その家の後継ぎが欲しい。ひとりだと不安だから、二人目、三人目と子供をつくる。女の子しかいないなら、婿を迎える。子供がいないなら、養子をとる。子供ができないなら、離婚する。みんな「家」を続けるため、というのが大きな理由でしょう。
この藁人形、亡くなった方の魂をよらせるために、これは角が生えたようにつくったんです。
あくまで象徴的なもんなのですが、鬼には角が生えているでしょう? 日本の「鬼」というとそんなイメージがなくなってしまってますけれども、漢字の「鬼」はもともと幽霊という意味なんですよね。
だから、大陸に由来する呪術がほどこされていた、そんな気がします。
うん……いや、もう見ない方がいいでしょう。
首の上の方に左右二ヶ所、切りそろえるときに飛び出させて、角のようにした……そんな形状をしている。ただ、それだけですよ。
正直、私はこれをもう、もてあましてるんです。
受け取るには受け取ったけど、これ……誰にも、どうにもできるもんじゃないですよ。
どうにかできるって方がいるなら、教えてほしいくらいのもので……。
ただひとつ私ができることは、これをできるだけひどいやりかたで処分する、ということです。
われわれは神主さんと違って、ケガレにはとことん強く出られるよう修行してますからね。
そのために、霊的に身を守る方法もずいぶん厳しくやっていますし、密教でも修験道でも、効くならなんでも使いますから。
でも、これに関しては、できるだけひどい扱いをする。
おまえなんか大事なもんじゃないんだ、ただのモノだ。だいたい、魂が入ってるなんて、たいそうなもんじゃない。古い稲藁がたまたま人の形になってるだけだってね。
そんな侮辱にふさわしい処理の仕方をしますよ。
ええ、近日中に。
やっぱり夜中、何かしゃべってるようで、うるさいんですよ。今は静かですけど。
たぶん、津軽弁か南部弁、青森のことばですけど、私、あいにくそっちの方言はわかりませんから。
この場所よりも、もっといい場所にお移りを、なんてお願いしてる場合じゃないんで。
そういうことをいって、聞いてくれるようなもんじゃないですね、これは。何たって、未熟な魂ですから。
え? 聞かれてるようだけど、だいじょうぶかって……あなた、そんなこといって。
これはただのモノ、ですよ。
これがこっちの言うことを聞いてるなんて、あるわけないじゃないですか。
……とまあ、こんな感じで、しばらく取り扱います。
そして、ちかぢかひどい処理をして、それで終わりですよ。
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