百物語 第八十八夜
記憶
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
今日は平成二十八年十月三日です。
カレンダーを見ても、スマホでも、今日は十月三日です。
でも私には、信じられないんです。今日はええと……八月三十日のはずなんです。
どうしたらいいんでしょうか?
出勤するんで歩いている途中、急に立ちくらみがして、気づいたらじぶんの部屋のベッドの中にいて……その日は八月二十一日だったはずなのに、起きてみたら九月二十四日だった。
それから九日たつんですが、違和感がぬぐえません。いいえ、違和感どころか色々なものがおかしくなっていたんです。一か月くらい寝てたんではないんです。会社に行ってみても無断欠勤なんていわれなかったし、いつもどおり出勤してきた、という感じで、同僚が仕事のわりふりをしてきたり、資料づくりを頼まれたりしました。
でも、会社は食品系で私は事務職だったのに、変わってしまっていたんです。会社が予備校になっていて、私はそこで働いていることになっていた。
働いている人の姿や格好は変わりないのに、やってる仕事がぜんぜん別なものになっていました。倉庫だったところが、パーテーションでくぎられて教室になっていたくらいで、書類棚や複合機の位置や、机の配置は同じでした。ただ若干、私の記憶と違うところもありました。偉そうにしていた人が腰を低くしていたり、知らない人がひとりだけいたりしました。
当然、その会社の仕事のことなんて、ぜんぜんわかりませんから、ミスはするし、人に聞きまくるしで、その日のうちにみんなの見る目が厳しくなっていました。これまでしてきたことなのに、なんで新入社員みたいなことばっかり、してるんだ……そう、顔に書いてありました。
翌日から仕事は休んでいますが、もうだめでしょう。近いうちに退職するつもりです。
ところで、赤飯に紅ショウガが入っているのって、ずっとですか?
たくあん漬けが入っていることが、圧倒的に多いと思っていたんですが……。
あと、十月の十五夜って、お雑煮を食べるんじゃないんですか?
十月に入るころからスーパーやコンビニで、お雑煮用の食材の売り出しをするはずなんですが……。
そうですか……いえ、そうだとしたら、私がおかしいんですね……。
これまで生きてきて、記憶してきたことが今、ぜんぜん通用していないんです。ほんとに、どうしていいのか……。
だいじょうぶです。じぶんの名前や家族や、親しい人なんかは私の思っている通りでした。
ただ、私の記憶の中では父はもう少し老けていて、母はもっと若々しかった、というのはあります。友人のひとりの学歴とか、また別な人の住所が違っていたり、というのもあります。そういう細かいところは異なっていますが、だいたい私の記憶と同じです。
私、ただの記憶障害なんでしょうか……脳に、記憶中枢なんかに、疾患があるのかも。
それにしたって、本人の習慣にかかわるものまで、認識を変えてしまうくらい影響が出るんでしょうかね。現にこうやって、ふつうに人と話をして、座っていられるし、立って歩いてここまできたんだし……。
出勤途中で立ちくらみがした、あの日の朝にもどりたい。
切実にそう願っていますよ。ほんとに。
ところで、日本は昭和二十年、戦争に負けたっていうのは本当なんでしょうか?
私は勝ったと学校で教わったんですが……。
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