百物語 第八十八夜
いわくつきの掛軸
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
うちは旧家なんてもんじゃないんだがな、ひいじいさんの代まで金持ちだったらしくて書画骨董がまだなんぼか、残ってるんだ。
たいしたもんはないと思う。おやじが確かに古伊万里だって聞いていたのを鑑定してもらったら、偽物だったしな。酒のつまみがわりに、血を吸った刀だとか、家康が着たよろいだとか、そんなのがあるってヨタ話をしてるくらいなもんで、みんな無造作に蔵の中に放り込んであるよ。
でもな、ただひとつ、まちがいなく本物だってのがあるんだ。作者がどうとか、時代がどうとかじゃない。
まちがいなく、いわくつきの掛軸。
寒山と拾得って知ってるか?
昔、大陸にいた坊さんだな。寒山、拾得という、ふたりの坊さん。こいつらアホみたいなことばっかりしてたんだが、その行動がいちいち悟りに近い、菩薩の化身だろうってことになった。
そのふたりを描いた掛軸ってわけさ。
いやいや、そもそも寒山と拾得を描いたもんなんて、たくさんある。いろんな人が描いてるし、有名な画題だから印刷されたものも数えきれんだろう。
うちのは確かに手書きだが、落款がない。ああ、ハンコを押しとらんのだ。署名もないから、まんいち、有名な絵師が描いたとしたって証明もできん。市場価値はゼロさ。
それでもわが家にとっちゃ、かけがえのないもんなんだ。浅野内匠頭が切腹したときにつかった短刀とか、信長が吸ったキセルとか、そんなホラ話のネタにするようなもんじゃなくて、この掛け軸だけは大事にされてるんだ。
ほら、見てみろよ……ちょっと暗いか。電気をつけよう。
床の間に掛けてあるだろう、ちゃんと。お供えも毎日してある。花も飾ってな。
気持ち悪いって? 失礼なやつだなあ……おい、指でさすなって。
右が寒山で、左が拾得。寒山は巻物、拾得は箒を持ってることが多いんだ。ひとつ、勉強になったろう?
茶色っぽいところは、血を混ぜてるらしいぜ……いろんな描かれ方をしてるから、こんなのもいいだろう。
どうした? 冗談だって。絵師に、ちょっとでも信仰心があったら、そんなことするわけないって。
そうか、じゃあここまでにしとくか……。
まずな、寒山と拾得を並んで掛けてあったろう? これを逆にすると、身内に不幸が起きる。大掃除なんかのときには注意を払わねばならん。
寒山の右目と、拾得の左目がまれに閉じていることがある。そうなってから一週間以内に、身内に不幸が起きる。
寒山の左目と、拾得の右目が閉じていることがある。そうなってから一週間以内に、身内に不幸が起きる。
不幸ばかりだって? そうだよ。ただ……いや、違う。おいおい、そうじゃない。そんなわけない。別に年がら年じゅう不幸に見舞われてるわけ、ないだろう。何をいってるんだ、おまえは。うちだって、だいたい年齢順に亡くなってるよ。
ただ、不幸がある前に知らせてくれるってこった。
最近は医療の方が追いついてきたけどな、医者が余命三か月とかいっても「必ず一週間以内」には負ける。
ずいぶん昔には坊さんを呼んで、お経をあげてもらってたんだけどな、そのうち坊さんが気味悪がってこなくなった。その坊さんももう死んでるけど。いや、掛軸とは関係ない。ありゃあ寿命だろうな。
いや、わかるよ。ニヤニヤした顔つきとか、目つきとか、確かに気持ち悪いかも。現に小さい子が見るたび、必ず泣いてるもん。
この家って古いばかりで、部屋はたくさんあっても実際のところあまりいい部屋ってのは、ないんだ。
それで寒山と拾得の掛け軸の掛けてある部屋で、誰かが寝ることもある。親戚が集まったときや、お祭りの当番にあたって会議を開いたときなんかにな。
でも、あまり寝られないらしいな。小さい子供がふたり、布団のまわりを走りまわる。枕を突然、抜かれる。身体の上に乗っかってくる。起きたときには畳の上にいて、布団は畳まれていたってこともあったな。
座敷わらしが掛軸に憑いてる、なんてやつもいたが、ありゃ家に憑くもんだろう。掛軸には憑かんのじゃないのか? じゃあなんだ、水子の霊か? どっかの子供の霊か? そんなの考えたって結論は出ないんだし、結論めいたもんが出たって、ただそれで納得できるってだけの話だろう。
ずいぶん遅くなってきたな。酒なしで、こんな時間までよく話したもんだ。
あんた、どこに泊ってるの? ……ああ、そりゃまたずいぶん遠くに宿をとったもんだ。バスはもうねえな。車で送ってくか、タクシーを呼ぶか。
どうせ晩飯食ったんだし、遠慮することないさ。
なんなら、泊まってくか? ちょっとこれから、晩酌につきあってもらってさ。
寒山拾得の間、あいてるぜ。
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