百物語 第八十七夜
鬼籍の歌声
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
インディーズバンドが流行った時期にさあ、ちょうど音楽を聴くようになったっていったら、それで歳がバレるね。
俺は音楽の才能がなかったから聴く専門だったけど、高校生の頃って、バンドを組んでライブするってよくあったわな。うまいのもへたなのもいたけどさ、俺の同級生でひとり、とんでもないのがいたんだ。
やつの才能は、声さ。
テレビやラジオなんかで聴くプロのミュージシャンの、誰にも似ていなかった。甘い感じの声でもないし、高音がすごく伸びるわけでもない。うまい歌手の声を「天使の泣き声」とか「百年に一人の美声」とか、よくいうだろう? そういうのではなかった。
だいたい、ふだんしゃべってても、いい声だとは思わなかった。べつに教科書を読めっていわれて読むときは、ごくふつう、われわれ凡人と同じ。
でも、これがステージで歌いだすとさ、オーラを出すというのか、圧倒的な雰囲気を醸しだすというのか、プロ顔負けなんじゃないかってくらいだったんだ。今の若いやつなら「ヤバイ」で済んじまうだろうけどな。
高一の秋に、一回飛び入りでライブで歌ったときにはさ、あまりの存在感にみんなシーンとしちゃって。歌が終わっても、誰も拍手しなかった。
それくらいのやつだから、こいつをヴォーカルにしたいってやつはたくさんいたんだが、やつは首を振らなかった。
表向きは謙虚なこと、いったんだよ。俺の歌なんてとても、とか。音程とれないから、とか。
かえってイヤミに聞こえたがな。
まあ、学校祭を境にして、だんだんバンド組んでどうこうってのは下火になったから、高二のときまでは、やつはそんなことをいって何とか断っていたんだ。
そして高三の学校祭。最後の年だからって、やつを誘おうとしたのが、やっぱたくさんいたんだよ。
で、やつは「条件つきで歌う」って、あるグループにいった。
あるグループって、同じクラスのやつらさ。別に技術がすごいやつらじゃない。ギターはFがちょっとでないときがあったし、ベースはそこそこなんだが弾いてる姿はまるで耳なし芳一だったし、まあイロモノみたいなもんでね。
なんでそんなバンドで、っていうやつはいたけど、同じクラスだからってんで、あきらめてたな。高校生だから、こんなんで済んじまうんだな。社会人ならこうはいかんだろう。
それはともかく、やつの条件てのは「この曲をしょっぱなにやる。これを完璧にマスターしたら、持ち時間いっぱい、最後まで歌う」ってもんだったんだ。
じぶんで作曲したらしいぜ。
おっかしな曲だったんだ、これが。練習してるのを聴いたら、ど素人がつくった曲だって、すぐにわかるような。
前奏があって、Aメロがあって、Bメロが、サビが……なんてもんじゃない。そんな区別がまるでない。ワーグナーとか、YMOみたいに無限旋律でだんだん盛り上げていくって感じでもない。
とにかく変なんだ。不協和音はないのに、聴いてるうちに頭が痛くなってくるような曲だった。そこへきて、ヘボいメンバーだろう? 本番のとき、どんなふうになるんだろうって心配するくらいだった。
おまけに、やつは当日まで、ほとんど練習に参加しなかったようだ。バンド仲間はとにかくいっしょにやってほしかったわけだから、別に文句もいわんかったってさ。ふらっと現れて、練習してるようすを見て、すぐに帰る。
「しっかり演奏してくれよ。譜面には歌詞がないけど、おれがちゃんと歌うから」とか何とか、いって。
ああ……やっぱ、最後まで話さなきゃならんよね。
学校祭当日……平成二年七月八日。日曜日で、一般公開の日だった。
ステージに現れたやつは、さすがに違った。いや、制服で現れたんだよ、これが。初めはまさか、と思った。でも、これから歌を歌うって雰囲気からして、もう全然ふだんとは違う。
芸能人の持っている雰囲気に近いんだけど、またちょっと違う。いったい、これからどうなっちまうんだ、というような落ち着かない何かがあったんだ。
やつはステージ中央に進み出ると、バンド名とメンバーの紹介をしてから、こういった。
「それじゃあ一曲目、『トミノの地獄』をやります」
演奏はまあ……高校生がそれなりに頑張ったな、という感じだったような気がする。最初の曲で緊張していたかもしれない。いや、実は演奏の方なんて、ほとんど憶えていない。
やつのつくったステージの雰囲気にな……もう、圧倒されちまって……まるで、タイトルどおり、地獄に迷いこんだみたいになってたんだ。
俺の周りにいるやつら、実は亡者なんじゃないかって疑うくらいだったし、死臭がただよってくるようだった。
やつの歌う声じたい、ひさしぶりに聴いたんだけど……何かにとり憑かれてるんじゃないか、ってくらい禍々しさ、いまいましさ全開の声だった。なのに、なぜかずっと聴いていたいような気がした。逆に耐えきれなくなったのか、気分が悪くなったやつもいたようで、途中でどこかへいっちまうのも、けっこういた。
それに比べれば、二曲目以降はまともだった。あろうことかドラムがメロディーから取り残されたり、シンセの音がときどき変だったりしたけど、ふつうに聴けた。
だいたい他のメンバーのやつら、よくあんな変な曲を熱心に練習したな、やつの声で、よくおかしくならなかったな、って感心したよ……って、これもあとになって思うことで、二曲目以降もあまり記憶に残っていないんだ。なんせ一曲目のインパクトが強すぎた。
ああ……青春の時期のある一瞬の輝き、そんなもんだったのかな。やつにとっては。その輝きが強すぎた。輝きすぎた。
うん。やつはね、もうこの世にはいないんだ。
学校祭の次の日、自殺しちまった。
あんな曲を作ったから……いや、どうかな。あんた、知ってたか?
『トミノの地獄』を音読した人間は死ぬ、って。西條八十の詩さ。調べてみたらすぐわかるよ。
いやあ、そんなの偶然かもしれないと思うけどさ、おれも。
やつは『トミノの地獄』を歌詞として曲を作り、歌った。朗読とは違うが、そのあたり、どうなんだろう。とにかく声に出したらだめなんだろうか。
結局やつは、遺書も何も残さなかったし、なんで死ななきゃならなかったのか、わからない。
今となっては、体育館のような音響のよくない場所で歌った、やつの才能を惜しみたい気持ちはあるんだよね。そう、今でも。
「啼けば反響(こだま)が地獄にひびき、狐牡丹の花がさく」
ここんとこの、やつの声がさ、三十年たった今でも耳から離れないんだ。
今でもその声を思い出すとさ、絶望して泣けてくるんだ。
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