百物語 第五夜
寂しいんだ
※怪談です。苦手な方はご注意ください。私は北海道のAというところの出身でして、中学生の頃まで住んでいました。数年前まで祖母がAに住んでいたんですが、今は亡くなったので、家だけが残っています。
町を縦断するように川が流れていて、橋がいくつかかかっておりまして……そのうちのひとつ、土腐橋のたもとに立っている電柱の下に、奇妙なおばさんがいたんですね。
しばらくの間……そうですね、だいたい一年くらいでしたか。宵の口になると、おばさんが電柱の下に現れる、ということがあったんです。
土腐橋は祖母の家から、歩いてほんの二、三分ほどの場所でしてね。祖母も私も、たびたび見かけたものです。なぜか、私の両親や妹、祖父はとうとう、おばさんを見ないままで終わりました。
そのおばさん、見える人には妙にくっきり見えるし、見えない人にはまったく見えない。見える人はみんな、電柱に向かってうずくまっているのを目撃していたんですよね。ちょうど、かくれんぼの鬼がするように。そんな体勢ですから、顔を見た人はおりません。
ああ、そうですね。おばさんではなく、おじさんではないのかとおっしゃる。
確かに、何となくそんな雰囲気だから、あれはおばさんだ、となっていただけです。ひょっとしたら、おじさんだったのかもしれませんね。顔を見てみたら……案外、ね。
まあおばさんだったとして、話をつづけましょう。
おばさんは、ぽっちゃりした体型で、頭には赤いスカーフのようなものをつけていました。
田舎ですから、知り合いじゃないにしても、たいていの人とは面識があります。でも、私も祖母もこんなおばさんは知らない。
夜のまだ早い時分から立っているので、夕食の買い物帰りの人が通りがかって、目撃したこともあったそうです。
そうして誰だろう、気持ちが悪いといいつつもしばらくたって、これは祖母から聞かされたんですが、おばさんに話しかけた人がいたっていうんです。
その人というのは当時の国鉄か営林署か、どこかから転勤してきた家の主婦で、祖母とはそれほど仲がよいわけではなかったようですから、要はまた聞きですね。
具合が悪いのかと思って、声をかけたらしい。
するとおばさん、ただひとこと、
「寂しいんだ」
といいます。
何が寂しいのさ……と聞いてもただ、寂しいんだ、とまったく同じ口調で答えるのみ。
それで、ああ、この世のものではないんだ、と気づいて、慌てて逃げたそうです。
このおばさん、何となくですが、水産加工場に勤めていた人ではないかなと思うんです。その頃、同じような身なりをした人が、たくさん働いていましたから。でも、どこの加工場の人も、おばさんを知らなかったというのは不思議です。
Aにはまだ、けっこう幼なじみがいて、この話を憶えているやつもいると思いますよ。よければ、連絡してみましょうか?
土腐橋は架けかわっていませんし、電柱も当時のまんまのはずです。
ああ、おばさんは最初に申しましたが、一年くらいたった頃、いつのまにか現れなくなったんですよ。残念ながらAに行ってももう、おばさんに会うことはできないでしょうね。
この手にあるような恨みやら、因縁やらなさそうなものなのに、なんでそのおばさんは出てきたんでしょう。
おばさんの言っていたように、本当に寂しかっただけかもしれませんね。誰もおばさんを知らない、という状況……。
今はどうしているんでしょうね。
もう現れないということは、寂しくなくなったのかもしれません。
死んだのちも人間、寂しさからは逃れられないんでしょうかね。
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