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2019/09/02

真説・小豆洗い

百物語 第八十夜

真説・小豆洗い


※怪談です。苦手な方はご注意ください。


 このあいだAちゃんから聞いたと思うんですけど……ほら、部屋の中で海の音がするって。

 で、調べてみたら床下に小さい教室があったって話。聞きました? うん、Aちゃんがいってましたよ。うちの話したんだって。

 わたし、Aちゃんのうちに泊まりに行ったんですよ。

 ええ、もちろんその話を聞いてからです。怖いことなんてないない。わたし、好奇心が旺盛なもんですから。

 話聞いたのいつでしたか? ん? 三月……じゃあそのすぐあとだ。

 わたしもAちゃんから話聞いて、じゃあ泊まりに行っていい? ってことになったんですよ。

 ふたりの休みがなかなか合わなくて、結局五月の連休になっちゃったんですけど。

 そうですね……家は本当にきれいで、注文住宅じゃないのって疑うくらいでした。

 リフォームの業者さんが完璧に仕上げたんでしょうね。

 一階の天井が低いっていってましたけど、わたしはそんなに気になりませんでした。

 昔の家だからかなって思ったくらいです。

 はい、一階と二階にスペースをつくった分、一階が低くなってるわけですよね……なんで二階の方を低くしなかったんでしょうね。

 そんなこと、考えても仕方ありませんけれども。

 おじゃましてすぐに見せてもらいましたよ。

 その不気味なスペース……確かに、ありました。

 机とか椅子とか、黒板とか教卓とか……いつ小人が現れてここで授業が始まってもおかしくないって感じでした。

 ううん、違うか……そのスペース、明かりがまったく入らないんです。

 昼間でも真暗。

 だから、生徒がみんな引き上げていったあとの、夜の学校の雰囲気に近かったかなあ。

 高さは二メートル……いや、一メートルと少しくらいでしょうか。

 大人なら、這う方が動きやすいくらいでした。

 日中は聞こえないってことなんで、おしゃべりしまして……ああ、高校がいっしょだったんですよ、Aちゃんとは。

 っていっても、高一の秋にAちゃんの方が引っ越しちゃったんですけどね。

 高校の頃、どちらかといえばAちゃんはおとなしい方でしたけど、わたしはこのとおりよくしゃべるし、よく食べるし……あっ、それはいいか。

 とにかく、ウマが合ったんでしょう。それで、いまもたまに会って遊んでるわけです。

 ええ、もちろん女ふたりですから、くだらない話ばかりなんですけど、楽しいことに変わりありませんから……あっという間に夜になりまして、晩ごはんをごちそうになって、少しお酒も飲んで、シャワー浴びさせてもらって……布団はもちろんAちゃんの部屋にひきまして。

 もちろん、海の音が聞こえやすいようにと思ったからですよ。

 それから布団に入りまして、十時過ぎくらいでしたか……ザザーッといいはじめました。

 思わずわたし、キャーッて叫んで、初めての心霊現象だあーって興奮してたんです。

 Aちゃんはそんなわたしを制して、シーッと……なになに? って聞いたら、

「声を小さく」っていいます。

「きたね」ささやき声で返すと、

「いつもよりちょっと早いかな……これなの。ちょっと静かにしてて」

 そんなわけで、ふたりともおしゃべりを止めて、耳を澄ましていたんです。

 ザザーッ、サアーッと波が寄せたり引いたりする音がしている。

 でも、だんだんわたし、黙っているのに耐えられなくなって、聞いたんですよね。

「ずうっと、このまま?」

 Aちゃんは首を振りました。

「最近は、ちょっと芸が増えたみたいなの」

 その瞬間でした。いきなり、ドドドーッときて……わたしは思わず布団を跳ねとばして、起き上がってしまいました。

 Aちゃんの方を見ると、顔が青ざめています。

「こんな大きい音、初めて……」

 Aちゃんが落ち着いてたから、わたしもはしゃぐことができてたんですよね……でも、Aちゃんがそんなふうに動揺してるところって見たことがなかったから、一気に怖くなりました。

 するとそこへまた、ドドーンと……そのたびに、窓ガラスが震えるんですよ。

 もう、BGMどころではない音量なんですけれども、Aちゃんのお父さんやお母さんが階段を昇ってくる気配はありませんでした。

 本当に波が入ってくるんじゃないかって、立ち上がってカーテンと窓を開けたんですが、なにも異状はありません。

 だってね、波そのものなんですよ、音が……海が時化てるときの砂浜にいるのと全然変わりないんです。

 これじゃ、とっても寝られませんよね。

 それで、わたしもAちゃんも隣の部屋に引っ越して、しばらくまたおしゃべりしました。

 その間もずーっと波の音がしてたんですよね。

 隣の部屋に移ったら、音は小さくなりましたが……いやいや、もうわたしは波のことなんて触れたくないし、Aちゃんにしても同じだったんでしょう、どっちもできるだけバカっぽい話をするようにして、笑い合ってたんです。

 ときどきドーンというたび、Aちゃんは口をつぐんだり、笑っているのを止めたりしました。

 わたしもそう。

 それでもお互いに触れないようにして、日付が変わる頃にそろそろ寝ようってことになりました。

 うーん……いえ……それはなかったですね。

 怖いっていっても、帰るほどじゃなかった。

 じっさいに窓ガラスが割れて海水がなだれ込んできたっていうんなら、別ですけど。それに、Aちゃんが心配だったし。

 電気を消しても、波の音は止みません。

 わたしはAちゃんがまだ眠っていないって分かっていました。

 しばらくして、いちどわたしがトイレに行って、それからAちゃんも部屋を出て行きました。

 わたしはその帰りを待ちながら、これってわたしのせいかもな、あすからはまた波の音が静かになるかな、などと考えていました。

 どれくらいたったのか……三十分くらいかな。

 でも暗い中、布団の中でじっとしていましたから、もっと短かったかもしれません。

 なかなか帰ってこないけど、どうしたんだろうと思っていると、ああっーて声がしたんです。

 とっさに起き上がって廊下に出てキョロキョロすると、となりの部屋の……Aちゃんの部屋のドアが開いていました。

 Aちゃん、と名前を呼びながら入ってみると……部屋の真ん中で、Aちゃんが倒れていました。うつぶせでした。

 慌ててわたしは駆け寄って、ちょっと、とか、だいじょうぶ、とか声をかけたんです。

 Aちゃんは意識を失っているようでした。

 わたしはひざまずいてAちゃんの頬を叩きながら、声をかけていると……目を覚まして……でも、寝起きのような感じで、ボーッとしている。

「急に、ふらふらして……」

 ろれつが回っていませんでした。

 これはお父さん、お母さんを呼ばなきゃどうしようもない……立ち上がりかけたところで、Aちゃんがいいました。

「あずきあらい……って、いうんだって」

 わたしには、そう聞こえました。〈小豆洗い〉と。そんな名前の妖怪、いますよね?

 あとで調べてみたんですが、ちょっとあれは……あの音は小豆を洗ってる音じゃないような気がするんですが……それに、一階と二階の間にある、小人の学校。

 あんな気持ち悪いものがあるわけですけど、小豆洗いとは全然関係ないものなんじゃないかなと。

 いえいえ、わたしにはサッパリ分かりません。なにがなんなんだか。

 Aちゃんの方はですね、その後、やっぱりお父さんとお母さんに話して、救急車を呼んでもらって。

 うん、朦朧としてましたので、そのまま運ばれていって……入院しちゃったんです。

 翌日、お見舞いに行ったときに聞いたら、悪性貧血なんだそうです。知ってますか? 悪性貧血。

 ビタミンB12をとってれば一か月くらいで治るそうなんです。

 でも、いまだに入院中なんですよ。

 いま八月でしょ? だから、もう三か月くらいになります。

 かわいそうに最近じゃかなり痩せちゃって、本人は入院ダイエットだ、なんて笑ってますけれども。

 ええ……聞いてないんです。ご両親には。

 違う病気が見つかって、その治療が必要なんでしょうかね。

 ちょっとわたしもお見舞いに行きづらいんですけど……ええ、わたしのせいじゃないかなってのもありますから……。

 Aちゃんの病気とは直接関係がないのかもしれないけれども、わたしがきっかけを作ったのかもしれないって。

 それでもAちゃんが寂しがるっていうのを真に受けて、週一、二回行ってます。

 どうもありがとうございます……そういっていただけると……でも、いいんです。

 こんどいっしょに行きますか? Aちゃんのお見舞いに。

 喜びますよ、きっと。

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