百物語 第八十二夜
呪いが雨
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
こないだお祖父ちゃんが亡くなったのよ。
お葬式も無事すんでね、お祖父ちゃんの家にみんなで行って整理しようってことになったの。
秋晴れのすがすがしい日で、わたしの家族だけじゃなくて、おじさん、おばさんの家族もいたし、いとこもいっぱいきて……十五、六人くらいはいたかなあ。
業者さんを呼んで片づけてもらえば、お金を払うだけですむのよね。
でも、それじゃあ何か必要なものがあっても、みんな捨てられちゃうってことになって。
みんな貧乏性よね。わたしも人のこといえないけど……。
お祖母ちゃんはもう十年以上前かな……ずいぶん前に亡くなって、それからお祖父ちゃん、ずっとひとり暮らしだったの。
けっこう綺麗好きだったし、頭もしっかりしてたから家の中は片づいてました。
入院中のチリやホコリはあったけれど、いつでも戻ってくることができるんじゃないかなってくらい。
うん、そうね……お祖父ちゃん、自覚があって、できるだけ掃除しておこうって思ったのかもしれない。
でもね、そんなに広い家でもないのに多いときで五人、何十年も住んでいたら、やっぱり訳の分からないものがあるものなのよ。
これ、一回も使ってないんじゃないの? ってものが、いっぱいあった。
使い古して、なぜか捨てられずに残ったものもね。
基本的には、お祖父ちゃんの子供……つまり、わたしのお父さん、おじさん、おばさんの三人が、いる、いらないを決める。
若手の男が、いらないものは庭の奥の方に持っていく。いるのは庭の手前の方。
そんな感じで作業を進めていきました。
女は台所やお風呂を片づける。それと、荷物が全部出た部屋の掃除など。
こうしているうちにお昼になって、ごはんを食べているとき、ちょっと遅れてるから急ごうかってことになったの。
せっかちなのは、だれの遺伝なのかなあ? みんな、あんまりのんびりしてなかったわね。
ごはんを食べた人から、どんどん作業にもどったの。
午後一番で、いとこのひとりがトラックを持ってきました。
廃棄処分するものを、みんなどんどん詰めこみだして。
いるものの方は、もうだれが持って行くかほぼ決まってるから、すぐに片づきました。
三時過ぎくらいだったかな……家の中がガランとしたなあって頃に、おじさんが叫んだです。
「おうい。これ、どうすんだあ」
わたしは台所で片づけしたり掃除したりしてたんですけど、その声ははっきり聞こえました。
おじさんは庭に出ているようです。
なんだかんだと声を掛けながら、二、三人が近づいていく様子。
……ところが、集まったきり、押し黙ってるようなのね。
どうしたんだろう? って行ってみたら、おじさんが桐の箱を抱えているのが見えました。
うーん……パッと見た瞬間にね、なんだか怪しげだなあって思いました。
ううん。箱自体はまだ白くて、綺麗なもんよ。
それが縦に長くて……一メートル以上はゆうにあったの。
茶色い紐でぐるぐる巻かれてるんだけれど、これがちゃんと巻かれていない。
ところどころ隙間があってね、いかにも適当な感じ。
慌てて巻いたのかもしれない。
しかも、びっしりとささくれていて、素手で触ったら刺さってきそうな感じ。
「刀かもしれない」
「いや、脇差じゃないの」
「それにしては軽すぎる」
おじさんが、わたしのお父さんに箱を渡しました。
「うん、こりゃあ刀じゃないな」
「じゃあ、掛軸かな」
「とりあえず開けてみようか」
いとこのひとりが、わたしのお父さんから箱を受け取って敷石の上に置きました。
それからナイフでごりごりすると、すぐに切り終えることができて、縄もかんたんに箱から取り除けました。
いよいよ箱のふたを開けると……その瞬間。
ドバーッと、水が降ってきたの。
うわあーってみんな叫んで、つぎつぎと家に入ってって。雑巾だタオルだって、しばらく大騒ぎしました。
うん、雨、雨。
雨だったの。土砂降り。ゲリラ豪雨……さっきまで晴れてて、動き回ってたら汗ばむくらいだったのに。
秋の天気は変わりやすいっていうけど、あんまりよね。
その一瞬のうちに、みんなけっこう濡れたんだけど、庭には家の中から持ちだしたものがまだたくさんある。
当然濡れてもいます。
雨の方はといえば、全然止む気配がない。
これ、どうしようってことになったの。雨具なんて、だれも持ってきてないしね。
すると、いとこがふたり、ここまで濡れたんならもういいや、って庭に出ました。
それでひとりがね、さっきの桐の箱をごそごそして、
「中にあったの、これだった」
いとこの手には、真っ黒な傘がありました。
わたしも気になったので、バスタオルで髪をふきながら縁側に出てみました。
女性用の傘だって、思いました。
しっかりしたつくりのようだけれど、柄が小ぶりだし、ちょっと通常サイズより小さいようでしたから。
あ、あと、デザインやかたちからすると、なんだか年代物のようでした。
いとこは、その傘を開こうとしたんだけれど、なぜかこれが、開けない。
なにかがひっかかってるっていうんじゃなくて、うんともすんともいわないっていうんです。
壊れてるっていって、その傘を箱にもどして、ふたを閉めたのね。
その瞬間……サアーッと雨があがったの。
ほんとにね、ピタッと止んじゃった。
みんなで空を見上げたんだけど、ほとんど雲のない青空。
抜けるように高い空で、すがすがしい。
なんなんだよ……って、またふたを開けて傘を取りだしたら……。
ええ、そうなんです。雨がドドーッと。
慌てて傘を箱の中にいれてふたを閉めたら、ぴたりと止む。
「この傘のせいで雨が降るんじゃないのか」
いとこがいいました。
でも、わたしは半信半疑だった。
そんなことあるわけないでしょ、って庭に出て、ふたを開けて傘を出してみたのね。
すると、やっぱりゲリラ豪雨並の雨が……もう、身体中あちこち叩かれてるみたいに痛いの。
まさかそんな、なんていいながらも傘を閉まったら、やっぱり雨が止んで……。
職人さんが一本、一本手づくりで、なんて感じもしなくて、むしろ大量生産の、どこにでもある傘だっていうのに。
はあ、不思議なこともあるもんだ、でも雨は嫌だから閉まっておこうってことになりました。
こうして騒いでいるところに、昼食後によそに出かけてたいとこが、帰ってきました。
わたしたちを見て、ひとこと。
「あれ? なんでここだけ雨が降ってるんだ」
お祖父ちゃんの家の敷地内しか濡れていない、っていうんです。
そんな馬鹿な、って、いとこたちと門を出てみました。
うん、そのまま。びしょ濡れのまんまよ。
すると、家の前の道路は全く濡れていないし、向かいの家の木もカラカラに乾いています。
そのまま一周したんだけれども……やっぱり雨があがったばかりって家はなかった。
いとこのいったとおり、お祖父ちゃんの家だけが雨に襲われたようだったの。
だれかが手に持つと、土砂降りになる傘……。
お祖父ちゃんの可能性がいちばん高いけれども、今となってはだれが封印したのか分かりません。
みんな、見たことがないっていうし……。
それで最終的にこの傘は、おじさんが引き取っていきました。
「なんかつかい道があるだろうよ」って。
全く、貧乏性なんだから。
もっと広い範囲が雨になるんなら、マラソン大会とか球技大会とか、嫌な行事があるときにつかえそうだけどさあ……。
昔話みたいに、そうそう日照りがつづいて飢饉になるなんてこともないんだし。
じぶんの家だけに降るんだから、そうそうつかう機会なんてないんじゃないかな。
うーん……どうだろう。
いちどやってみますか? だれが持ってみても雨が降るかどうか。
おじさんに話しておきますよ。おじさんの家、遠くないですし。
案外、わたしの親族だけだったりして。
……って、そんな特殊能力、いらないんですけどね。
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