百物語 第八十六夜
四百年ぶりの男の子
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
うちの実家はちょっと変わっておりまして、本家では絶対に男が生まれなかったんです。
分家や親戚筋から婿養子を入れて、それで代々やってきました。たいした家じゃないのですが、家系図は江戸時代初めからのものになっています。つまり四百年くらいずっと、男の子が生まれなかったんです。
正徳年間、本家の奥さんが……といっても、私の先祖のひとりですが……妊娠中に精をつけるといって、牛肉を食べたことがあったんです。すると、頭に牛の角の生えた女の子が生まれた。
おかしいでしょう? 江戸時代のことですから、仏教の影響もあって獣の肉はまず食べませんけれども牛の角が生えるなんて、まるでおとぎ話です。私は頭蓋骨が変形した子だったんじゃないか、と思っているのですが、その女の子は人として育たないだろう、ということで、かわいそうなことに殺されてしまったといいます。
それ以来、男の子が生まれることがないんだ……という言い伝えなんですが、どれくらい信憑性があるのか。とにかく私の実家では、男の子がこんなに長期間、生まれなかったことの説明として、こんなことを申しております。
それに、江戸時代初め、家系図にのっている初代は確か延宝二年に亡くなっているんですが、そこから牛の角のある女の子が生まれるまで約三十年です。その間に男の子が生まれなかったことの説明には、なっていません。当時はその三十年、偶然で片づけられていたのかもしれませんが……。
最初に「絶対に男の子が生まれなかった」と申しました。「生まれなかった」は完了ではなく、過去の意味です。つまり、最近になって……四百年ぶり、そう、四百年ぶりに、本家で男の子が生まれたんです。
はい、はい……仰るとおり、みんな耳を疑いましたよ。
だいたい、エコー検査でも女の子ってことになっていましたし、母親の顔も優しくなったから子供は女の子だろうって、いっていましたから。もちろん、誰もいいませんが心の中では「男の子が生まれるはずがない」と思っていたんでしょう。
幸いなことに、その子は元気で生まれてきたし、牛の角を生やしてもいませんでした。
しかし、私は思うのです。
もしかしたら、この家はもう終わりなんじゃないだろうか、って。
この子には本当に悪いのですが、何といっても四百年ぶりに生まれてきた男の子です。絶対に何かよくないことが起きるのではないかと……。
そう危ぶんでいたところ、この子がことばを発するようになりました。
アア、アア、とか、ダー、ダーとか、まあ喃語ですね。
そしてつい先日のことなんですが、この子が急に大人のような口調で、叫んだんです。
「××だから、逃げろ」と。
さすがに勘弁してください。××の部分は……災害の一般的な名称だと思ってください。
はい……そうですよ。××とは、アレです。そのとおりなんです。
そして、その××が次の日に起きた、というわけなんです。
……とても信じられないでしょうね、こんな話。はい、信じてもらおうと思って、うちあけたのではないですし、知っているとおりに話しただけで。
またこんな予言めいたことを、いうのではないかと思うと気が気じゃないのですが……。
ただ、これだけはいっておきます。私がその子を産んだんですから、まちがいはありません。
その子の母親なんですから。
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