百物語 第十六夜
大祓
※怪談です。苦手な方はご注意ください。
神社、ね……。
そうは見えないけど、あなた神主さんだったのね。
奇遇ですけど、私の旦那がある神社の役員をしていたんですね。
病気になってからお役に立てないようになったんで、今は辞めちゃったんだけど、十年くらいかな。けっこう長いことやってたわよ。
一回だけ、私も神社のお詣りをしたことがあります。
ううん。厄祓とか車のお祓いとかで何回かお邪魔したことはあったんだけど、そういうのじゃなくて……役員や総代がたくさん集まってね。あれは確か、大祓といったかな。
あら、そうなの。年に二回あるんだ。それは知らなかった。六月か十二月か? 大晦日なんて、とても行けないわよ。だいたい、大晦日の夫婦って忙しいのよ。六月よ、六月。
どうして参列することになったのかしらね。もう忘れちゃったけど、たいした理由じゃなかったんだと思う。
いちおう正装して、旦那といっしょに出かけたんです。
神社について、拝殿の席についたらね、旦那がいうんですよ。
「ここの神様はな、ちゃんとしとらんとバチあてるぞ」って。
子供にいい聞かせるみたいだって、ハイハイって聞いてたんです。
それから神主さんが入ってきて、いろいろして祝詞が始まるくらいには、やっぱり厳粛な雰囲気になってね、私も子供の入学式や卒業式のときくらいには、はかしこまっていました。
バカなことしたなあ、と今でも思うのはね、神主さんが祝詞をあげているとき、風邪が治りますように、って心の中でお願いしたことなんです。
いえいえ、ちょっと風邪ぎみだったんです。微熱があったくらい。もちろん大祓とは直接関係ないわね。ほんの軽い気持ちだったの。神社から帰ってきたときにはもう、忘れていたくらいね。
風邪はそのあとすぐ治りましたけど、これってやっぱり、願をかけたことになるのよね。すっかり忘れていたんだけど……。
私が急に倒れたのは、それから二、三日してからかな。
晩御飯のしたくをしているときに、突然ひどい目まいがしてね。すぐに立っていられなくなりました。
もう御飯のしたくなんて無理で、ベッドにむかっているところで力尽きたのね。
意識を失っているあいだに、こんな夢を見ました。
真っ暗な空間の中でね、狛犬が二頭、ぐるぐる走り回っているんです。いや、それが違うんです。その神社の狛犬とは違っていて、ドーベルマンのようにほっそりとした体つきだったの。顔は狛犬そのものだったんだけどね。
え? あら、そうなの……一匹は獅子なんだ。獅子と狛犬ね。
とにかくその獅子と狛犬が、どっちもね、しきりに私を威嚇してくるんですよ。
うなり声は聞こえないんだけど、目が怖くてね。明らかに、怒っているようだった。
噛みつかれそうになって、思わず許してって叫んだとき、意識がもどったの。旦那に起こされたらしいんだけど、ボーッとしていて、よく憶えていません。
救急車だ、病院だ、と大騒ぎになったらしいんだけど、かつぎこまれた先の病院の先生は、過労のところへ風邪をひいただけ、っていうんですね。それくらいで救急車を呼ぶな、って感じでしたよ。
うん。おかしいと思いませんか? 私さっき、風邪は治っていたっていいましたよね。お医者さんから見たら違うのかもしれないけれど、その日は一日、ピンピンしてたんだから。少なくとも私は、元気なつもりだった。
納得いかないまま入院しまして、次の日帰ってきたんです。
車の中で旦那がいいました。
「よかったな、何てことなくて」
「風邪じゃないはずなんだけど……何だったのかしら」
私がそう答えると、たまたま信号待ちになって、夫がこっちを見てきたんですよ。怪訝そうな表情をしていました。
「おまえ、覚えてないのか……? うわごとで、いってたじゃないか。
神様ごめんなさい、お礼に行きますって」
どうも私はね、願いが聞き届けられたのにお礼参りしていないことを、しきりに謝っていたらしいんです。忘れていたはずなのにね。自分では、助けてと叫んだつもりだったんだけど……。
病院に一泊している間に、旦那が代わりにお詣りしたそうです。
もちろん、お詫びも兼ねてね。
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